八王子市の自主防災組織 —— 結成率88%の町会が担う、もう一つの防災
八王子市の町会・自治会の88%が結成する「自主防災組織」とは何か。消防団との役割の違い、昭和58年からの歴史、そして高齢化する担い手と避難行動要支援者支援制度との接続を整理する。

この記事の目次
八王子市内の町会・自治会579のうち、511が「自主防災組織」を結成しています。結成率にすると88.26%。これは消防署や消防団とは別に、住民自身が自分たちの手で立ち上げた防災の仕組みです。この記事では、この組織が何を担い、どんな歴史をたどってきたのか、そしていま何が課題になっているのかを追います。
連載「八王子という街」第23回|この連載をまとめて読む
住民が自分たちで作る防災組織 —— 自主防災組織とは何か
総務省消防庁の定義によれば、自主防災組織とは「地域住民の連帯意識に基づく自発的な防災組織」です。法令上の設置義務はありません。この「自発的」という一点が、市の条例に基づいて設置される公設の消防団と大きく違うところです。
消防団は条例で定員が決まり、団員は非常勤特別職の地方公務員として一定の権限・装備・報酬を持ちます。自主防災組織には、そうした制度的な裏付けがありません。あるのは、住民自身の「自分たちの町は自分たちで守る」という意思だけです。
この仕組みは八王子市だけのものではありません。総務省消防庁の報告によれば、令和2年(2020年)4月1日時点で全国1,741市町村のうち1,688市町村に169,205の自主防災組織が設置されており、世帯数に対する「活動カバー率」は84.3%とされています。全国のほとんどの自治体で、何らかの形で住民主体の防災組織が根を張っているということです。八王子市の自主防災組織も、この全国的な枠組みの延長線上にあります。ただし八王子市の場合、独立した団体というより、町会・自治会という既存の地域単位そのものが防災の役割を兼ねる運用になっている点に特徴があります。
昭和58年、協議会結成から結成率88%へ —— 八王子市の歴史
八王子市における自主防災組織の歩みは、昭和58年(1983年)11月の「八王子市自主防災団体連絡協議会」結成から始まります。この協議会は市の防災課が事務局を担い、町会・自治会単位で結成された各組織をつなぐ役割を持ってきました。40年以上にわたって、市内各地の防災組織を一つのネットワークとして束ねてきたわけです。
その積み重ねの結果が、令和7年(2025年)3月時点の数字に表れています。市内579の町会等のうち511が自主防災組織を結成しており、結成率は88.26%。十に九近くの町会・自治会で、住民が自ら防災の仕組みを持っているということです。全国の活動カバー率84.3%と比べても、八王子市の結成率は高い水準にあると言えます。
協議会はこの40年余りのあいだ、リーダー養成研修(講演会・応急救護等)や、防災関連施設の視察研修、都内の防災館での地震体験・煙体験、総合防災訓練への参加、ニュースレターの発行といった活動を続けてきました。一つひとつの町会が孤立して防災に取り組むのではなく、協議会という横のつながりを通じて、知識や経験を交換し合う仕組みが機能してきたことになります。
初期消火から避難誘導まで —— 平常時・災害時の活動と消防団との違い
消防庁の整理によれば、自主防災組織の平常時の活動は、地域内の安全点検、防災知識の普及啓発、防災訓練の実施、資機材等の共同購入といった内容です。そして災害が実際に起きたときには、初期消火、救出・救助、情報の収集・伝達、避難誘導、避難所の管理運営支援といった役割を担います。組織の内部は、情報班・消火班・救出救護班・避難誘導班・給食給水班といった班編成を取ることが一般的とされています。
ここで消防団との違いがはっきりします。消防団は市の条例に基づく公的な組織で、一定の権限・装備・報酬を持ち、専門的な消火活動を担います。一方の自主防災組織は、住民の自発的な活動であり、主に初動対応——消防や救急が現場に到着するまでの間の初期消火や避難誘導——を担う立場にあります。つまり両者は競合する組織ではなく、災害発生から専門組織が動き出すまでの「最初の数分」を自主防災組織が、その後の本格的な消火・救助を消防団や消防署が、それぞれ分担する関係にあるということです。
住民が自分たちの町を最初に守る存在として位置づけられている以上、その担い手がどれだけ確保できているかは、地域全体の防災力に直結します。次に見る課題は、まさにこの担い手の部分です。
高齢化という足元の課題
八王子市議会総務企画委員会向けの所管事務調査資料(令和7年8月20日「自主防災組織・消防団について」)では、高齢化による地域防災活動の担い手不足と、リーダーの負担増が課題として指摘されています。結成率88.26%という数字だけを見れば盤石に見える自主防災組織ですが、その内実を支える一人ひとりの顔を見ていくと、担い手の層が薄くなってきている実態が浮かびます。
同じ資料では、新型コロナウイルス感染症の流行で活動が縮小した後、十分な回復に至っていない状況が続いているという指摘も示されています。感染対策で集合しての訓練や研修が難しくなった期間が、結成から40年以上を重ねてきた組織の活動リズムに影響を残したとみられます。結成率という「組織がある・ない」の数字では見えてこない、「組織が実際にどれだけ動けているか」という部分に課題が移ってきているということです。
市全体で高齢化が進む以上、自主防災組織の担い手不足は一時的な現象ではなく、これから長く向き合っていく構造的な課題になりそうです。そしてこの課題は、次に見る「支援を必要とする住民をどう守るか」という問題とも地続きになっています。
避難行動要支援者支援制度との接続 —— 令和7年度目標と令和8年7月の計画発送
令和3年(2021年)5月の災害対策基本法改正を受けて、八王子市は災害時に自力での避難が難しい住民への支援を進めています。対象となるのは、要介護3以上の認定者(施設未入所)、身体障害者手帳等を所持し自力避難困難・情報入手困難・判断困難のいずれかに該当する人、75歳以上で避難が困難なひとり暮らし高齢者や高齢者のみの世帯のうち本人が同意した人、そして市長が特に支援が必要と認める人です。
これらの対象者一人ひとりについて、誰がどう避難を支援するかを定めた「個別避難計画」の作成は、市区町村の努力義務とされています。八王子市はこの作成を令和7年度までに進める目標を掲げてきました。そして令和8年(2026年)7月1日には、要介護3以上でハザードエリアに住む対象者に対し、計画作成の案内と同意書を発送する予定です(回答期限は同年7月24日)。
この個別避難計画づくりで連携するのは、警察・消防・ケアマネジャー・民生委員・児童委員だけではありません。市の方針では、「町会・自治会、社会福祉協議会」も平常時から情報を共有し、支援体制を構築する連携先として明記されています。つまり、自主防災組織の土台である町会・自治会そのものが、要支援者を支える実務上の連携先として位置づけられているわけです。高齢化で担い手が薄くなりつつある組織が、同時に高齢者や障害者の避難支援という重みのある役割も期待されている——ここに、自主防災組織が今後向き合う課題の核心があります。
新規結成への支援策 —— 資機材助成とリーダー養成
担い手不足という課題の一方で、市は新規結成への支援は手厚く用意しています。新たに結成された自主防災組織に対して、八王子市は団体旗・腕章の交付に加え、組織内の世帯数に応じて23万円から48万円相当の防災資機材を助成しています。結成されたばかりの組織が、何もないところから資機材を揃える負担を軽くする仕組みです。
結成後の育成にも力を入れています。自主防災団体連絡協議会を通じて、リーダー養成研修(講演会・応急救護等)、管外研修、都内の防災館での地震体験・応急救護・煙体験といった活動が続けられています。結成して終わりではなく、組織を運営する人材を長期的に育てていく発想です。
新規結成への支援と、既存組織のリーダー養成という2つの軸は、結成率88.26%という高い水準を維持してきた土台でもあります。ただ、この支援の多くが「新しく始める人」に向いているのに対し、いま顕在化しているのは「長く続けてきた既存組織の担い手が高齢化している」という課題です。結成を増やす段階から、結成済みの組織をどう維持していくかという段階に、八王子市の自主防災組織は差しかかっているのかもしれません。
まとめ
町会・自治会579のうち511、結成率88.26%。この数字は、八王子市の住民が40年以上かけて築いてきた、自分たちの町を自分たちで守る仕組みの厚さを示しています。消防団とは役割を分け合い、初期消火や避難誘導という「最初の数分」を担う自主防災組織は、いま高齢化という足元の課題と、避難行動要支援者支援という重みのある新しい役割の両方に向き合っています。結成率の高さに安心するのではなく、その先にある担い手の継続性にこそ、これからの地域防災の分かれ道があると言えそうです。
この連載の他の記事
連載「八王子という街」は、学生から50代まで、暮らしの視点から八王子という街の様々な顔を辿るシリーズです。
- 前の回: 八王子市消防団、定員1,590人の7割しか埋まっていない —— 都内唯一の音楽隊とOBが支える機能別分団
- この連載をまとめて読む: 多摩織の担い手をどう繋ぐか
参考文献
総務省消防庁「自主防災組織等(令和2年版消防白書)」 / 八王子市ホームページ「自主防災団体連絡協議会」 / 八王子市ホームページ「避難行動要支援者の避難支援について」 / 八王子市議会総務企画委員会「所管事務調査資料『自主防災組織・消防団について』」(令和7年8月20日)
この記事は連載「八王子という街」第26話です
未管理著作物裁定制度、始まる —— 絶版の一冊を甦らせた新しい仕組み
Support
※ Stripe決済(合同会社月香が運営)で安全にお支払いいただけます






