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地域の未来 · 公開: 2026.09.10 · 更新: 2026.09.14 · 7分で読めます

クマ対応マニュアル、都内自治体で初策定へ —— 八王子市が引いた「生活圏200メートル」の線

八王子市が「ツキノワグマ対応マニュアル」の素案を了承しました。危機レベル4段階、緊急銃猟、そして都内自治体初という異例の取り組みの中身を追います。

軒先に連なる文字入りの提灯

8月21日、八王子市役所の会議室に、中邑仁志副市長と部長級の職員12人、そして警察・消防・東京都の担当者が集まりました。半年近く検討が続けられてきた「ツキノワグマ対応マニュアル」の素案に、この日ようやく結論が出されたのです。線引きの基準になったのは、ある一つの数字でした。素案には何が書き込まれ、正式決定を控えた今、市民は何を知っておけばよいのか——追ってみます。


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8月21日、庁内チームが下した結論

この日開かれたのは、市クマ対策プロジェクトチームの第4回会議でした。会議の名を聞くと事務的な響きがありますが、出席者の顔ぶれは決して小さな規模ではありません。副市長をトップに部長級職員12人、さらに警察・消防・東京都の担当者まで加わり、市独自の「ツキノワグマ対応マニュアル」の素案を最終的に取りまとめ、原案通り了承しました。

このプロジェクトチームが動き出したのは、市内でツキノワグマの目撃情報が相次いだ2026年春のことです。4月29日、元八王子町二丁目の雑木林で成獣とみられる1頭がセンサーカメラに撮影されたのを一つの契機に、住宅地に近い山間部での目撃が続きました。庁内の一部署だけでは対応しきれない事態として、5月19日に中邑仁志副市長をリーダーとする横断チームが組まれ、5月22日の第2回会議、7月16日の第3回会議と、およそ1〜2か月おきに検討を重ねてきました。

マニュアルという文書が固まる前から、現場ではすでに具体的な備えが動いていました。雑木林に近い小学校の児童向けにクマよけ鈴300個が緊急配布され、続いて山間部の小中学生向けに鈴1,200個が追加購入されています。移動式電気柵や高周波のクマ撃退音装置の配備も準備され、6月の補正予算案にはクマ撃退スプレーの配布費用も計上されました。学校現場では、クマと遭遇した際の行動をクイズ形式で学ぶ動画も制作され、市立小・中学校の児童・生徒約36,000人が学習しています。

プロジェクトチーム発足の発表にあわせて、初宿和夫市長は「万が一遭遇したときは落ち着いて行動していただきたい」と市民に呼びかけていました。8月21日の第4回会議は、こうした現場対応の積み重ねと市長の呼びかけを、個々の心構えだけに委ねず、庁内の対応手順として具体化する一つの体系立った文書に結晶させた瞬間だったといえます。


マニュアルの中身 —— 「生活圏200メートル」と4段階の危機レベル

素案は3つの章で構成されています。第1章では、人の日常生活圏から半径200メートル以内という範囲を、市独自に「人の日常生活圏周辺」と定義しました。住宅と山林が入り組む八王子市らしい線引きです。この範囲を軸に、市は危機レベルを4段階に分けています。経過観察・防除対策にとどめる段階から、追い払い、捕獲、そして最も踏み込んだ緊急銃猟まで、状況に応じて対応の強度を上げていく設計です。

第2章は、その緊急銃猟を実際に行うための事前準備と対応手順を定めた部分です。そして第3章は、生ゴミの管理や果樹の早期収穫といった、平時からクマを寄せ付けないための備えを扱います。緊急時の対応だけでなく、そもそも出没させないための日常の工夫までを一冊に収めた構成です。

3つの章がそれぞれ別の時間軸を向いているところに、このマニュアルの特徴があります。第1章は「出没した瞬間、どの段階の対応を取るか」という現場判断のための章、第2章は「最も踏み込んだ対応に踏み切るとき、何を準備しておくべきか」という実務のための章、第3章は「そもそも出没させないために、日頃から何をすべきか」という予防のための章です。60ページを超える文書のなかで、緊急時の判断・実務上の準備・平時の予防という3つの局面を切り分けて整理した点は、これまで担当課が個別に対応してきた業務を、初めて一つの体系として文書化した試みだといえます。


なぜ「緊急銃猟」という言葉が出てくるのか —— 2025年の法改正

マニュアルの第2章に出てくる「緊急銃猟」は、実は八王子市が独自に考えた制度ではありません。2025年9月1日に施行された改正鳥獣保護管理法によって、全国の市町村に新たに与えられた権限です。それまで市街地での猟銃使用は原則として禁止されていましたが、法改正後は市町村の判断でハンターに使用を委託できるようになりました。

ただし、誰でも簡単に発砲できるわけではありません。委託が認められるのは、クマなどが人の生活圏に侵入している、または侵入のおそれが大きいこと、緊急性があること、他に迅速な捕獲手段がないこと、そして人に弾丸が到達するおそれがないこと——この4条件をすべて満たす場合に限られます。対象となる鳥獣もヒグマ・ツキノワグマ・成獣イノシシに絞られています。

改正法が施行されるまでは、市街地での発砲を担えるのは警察に限られていました。法改正後は、警察に加えて市町村もハンターに使用を委託できるようになり、対応の選択肢が一つ増えたことになります。八王子市のマニュアルは、この国の制度を、自分たちの街の地形と危機レベルに合わせて運用するための手順書だったのです。都内でこの新制度を地域の実情に落とし込む先行事例として、他の自治体からも注目されそうな取り組みといえます。


都内自治体で初 —— 国も動いた半年

マニュアルは東京都のマニュアルと環境省の緊急銃猟ガイドラインを土台に、専門家の助言を反映してつくられました。市によれば、都内の自治体がこうしたクマ対策マニュアルを策定するのは、これが初めてだといいます。住宅地のすぐそばにクマが現れるという、これまで八王子市があまり経験してこなかった事態が、都内でも先例のない取り組みを生んだことになります。

市の動きに合わせて、国の側の体制づくりも進みました。2026年6月9日、環境省はクマ対策を専門に担う「クマ対策専門官」7人と、シカやイノシシなど他の鳥獣にも対応する「広域鳥獣対策専門官」4人、合わせて11人を東北・北海道・関東の事務所などに新たに配置しています。これらは任期付きの職員で、緊急銃猟の研修も担う役割を持ちます。

さらに7月8日には、石原宏高環境相が八王子市を直接視察しました。4月にツキノワグマが出没した小学校付近を訪れたのち、市役所で初宿和夫市長や小学校長らと意見交換し、「多くの市民が生活する都市部でもクマが出没し、平穏な日常生活を脅かす状況に改めて危機感を覚えた」と述べています。この視察の場で、環境省内にクマ対策を強化する専門チームを設ける方針も示されました。専門官の配置から環境相の視察、そして市の素案了承まで、わずか2か月半のあいだに、国と地域の対応が段階的に積み重ねられてきたことになります。


正式決定を待つ今、住民にできる備え

市は8月26日の報道時点で、「庁内での意思決定を経て、9月上旬までに正式決定する予定」としています。正式決定の後は、机上訓練などの運用準備に入る見込みです。つまりこの素案は、まだ最終確定の一歩手前にある文書だということを、正確に理解しておく必要があります。

マニュアルの正式決定を待つ間も、市民が今すぐできる備えはすでに案内されています。市公式サイト「登山者の方へ~ツキノワグマに遭遇しないために~」では、熊鈴や携帯ラジオを鳴らしながら歩くこと、グループで会話しながら移動すること、早朝・夕方や夜間の単独行動を避けることを呼びかけています。食べ物は密閉容器に入れ、ゴミは必ず持ち帰ることも案内されています。

もし出会ってしまった場合は、遠くであれば大声を出したり走って逃げたりせず静かにその場を離れること、近距離であれば走らずに後ずさりして距離を取り、クマに背を向けないことが案内されています。山に入る前には「東京都ツキノワグマ目撃等情報マップ」で最新の目撃情報を確認しておくことも勧められています。目撃した際の連絡先は、八王子市獣害対策課(042-620-7375)、または東京都環境局多摩環境事務所(042-521-2948)です。マニュアルという庁内の文書が正式に固まるかどうかとは別に、こうした一人ひとりの備えは、いまこの瞬間から実践できるものです。


まとめ

半年前まで、山間部の住宅地に近い雑木林での目撃情報から始まったこの問題は、8月21日、副市長を含む庁内チームによる素案の了承という一つの節目を迎えました。「生活圏200メートル」という独自の線引き、4段階の危機レベル、そして2025年の法改正で可能になった緊急銃猟——都内自治体で初めてとなるこのマニュアルは、正式決定を控えたいまも完成形ではありません。山間部を歩く機会がある方は、正式決定のニュースとあわせて、市の呼びかける日常の備えにも目を通しておくと安心です。


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連載「八王子という街」は、学生から50代まで、暮らしの視点から八王子という街の様々な顔を辿るシリーズです。

参考文献

タウンニュース「八王子市 クマ対応の指針策定 都内自治体で初」 / タウンニュース「改正法 クマ駆除迅速化へ 市判断で猟銃使用可能に」 / タウンニュース「クイズで学ぶクマ対策 八王子市が動画で公開」 / NHKニュース「石原環境相 クマ対策専門官らに訓示」 / 日本経済新聞「クマ出没続く東京都八王子市、山間の児童らに鈴を配布 電気柵も設置」 / 日本経済新聞「石原環境相、東京・八王子のクマ出没現場を視察」 / 八王子市ホームページ「登山者の方へ~ツキノワグマに遭遇しないために~」 / 八王子市ホームページ「ツキノワグマについて」

この記事は連載「八王子という街」第19話です (全26話・更新中)

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カヅキ

カヅキ

桑都手帖 編集者

ものづくりや意匠設計を学んだ経験をもとに、八王子の風土・歴史・伝統工芸を現代につなぐ記事を書いています。暮らしの手続きについても、調べたことをそのまま書き留めています。