未管理著作物裁定制度、始まる —— 絶版の一冊を甦らせた新しい仕組み
令和8年(2026年)4月に始まった「未管理著作物裁定制度」。権利者と連絡が取れない古い本や写真を、文化庁長官の裁定と補償金の支払いによって合法的に使えるようになった新制度の仕組みを整理する。

この記事の目次
出版社が倒産し、絶版になったまま眠っていた学術書。その一冊が、令和8年(2026年)6月、ある個人事業主の手で複製・販売できるようになりました。権利者と連絡が取れない著作物を合法的に使うための新制度「未管理著作物裁定制度」が、この春から動き出しています。制度の仕組みと、古い資料を扱う人にとっての意味を整理します。
令和8年6月、初めての裁定 — 絶版だった学術書が甦った
古典作品の翻訳書を製作・販売しているある個人事業主が、一冊の学術書に目をつけました。その本を出していた出版社はすでに倒産しており、本自体も絶版。復刻したくても、権利者に連絡を取る手段がありませんでした。
この個人事業主が使ったのが「未管理著作物裁定制度」です。令和8年(2026年)6月8日、文化庁長官はこの申請に対して初めての裁定を下しました。内容は、当該書籍300部の複製・販売を認めるというもの。申請者は定められた補償金を指定補償金管理機関へすでに支払っています。
権利者の許諾を得られないという理由だけで、価値ある一冊が読者に届かないまま終わる。そうした事態を防ぐための仕組みが、実際に動き始めたことを示す最初の事例です。
制度の生まれた経緯 — 令和5年の著作権法改正
この制度の根拠となっているのは、令和5年(2023年)の著作権法改正です。「著作権法の一部を改正する法律案」は同年3月10日に提出され、第211回通常国会にて5月17日に成立、5月26日に令和5年法律第33号として公布されました。
改正の柱は大きく三つありました。一つは、立法・行政の内部資料として著作物を必要な範囲で使えるようにする措置。二つ目が、今回取り上げる未管理著作物の利用に関する新たな裁定制度の創設。三つ目は、著作権侵害があったときの損害賠償額の算定方法の見直しです。
このうち未管理著作物裁定制度は、公布から3年以内で政令に定める日から施行するとされていました。実際に運用が始まったのは、令和8年(2026年)4月1日。法律の成立から約3年をかけて、制度としての体裁が整えられたことになります。
どんな著作物が対象になるのか
対象となるのは、著作権等管理事業者による集中管理がされておらず、利用してよいかどうかについて権利者の意思が確認できない著作物です。制度上は「未管理公表著作物等」と呼ばれています。文章や写真、イラストだけでなく、実演・レコード・放送・有線放送も対象に含まれます。
一方で、対象から外れるものもあります。「無断転載禁止」といった利用ルールが明記されているもの、権利者が連絡先を記載しているもの、著作権等管理事業者にすでに管理を委託しているものは対象外です。つまりこの制度が救い出そうとしているのは、権利者が「使わないでほしい」と表明しているものではなく、権利者の意思そのものが分からなくなってしまったものだといえます。
具体的にどんな著作物が想定されているかというと、絶版になった書籍、戦前・戦後の雑誌記事や論文、古いアーカイブ写真、雑誌に掲載されたイラスト、個人が運営していたブログの画像などが挙げられています。
想定される利用場面として示されている例も、身近なものが多く含まれています。たとえば、権利を持つ会社がすでに活動を停止していて連絡が取れない古いゲームソフトを復刻したい場合。あるいは、相続によって著作権が複数人に分かれてしまい、一部の権利者としか連絡が取れない絵画をウェブサイトに掲載したい場合。いずれも「使いたい側に悪意はないが、手続き上は権利者の許諾を得られない」という状況で、こうしたケースを想定して制度が設計されていることがうかがえます。
長い年月が経つほど、権利者がどこにいるのか分からなくなる著作物は増えていきます。この制度は、そうした「時間が生んだ空白」を埋めるための手段だといえるでしょう。
手続きと費用 — 実際に使うとどうなるか
制度を使うにはいくつかの手順を踏む必要があります。まず、利用したい著作物について、権利者の意思を確認する作業が求められます。権利者の連絡先へ問い合わせても14日間応答がないことなど、一定の確認手続きを経なければなりません。
その上で申請にかかる費用は、大きく二つに分かれます。
| 費用の種類 | 内容 |
|---|---|
| 登録確認機関への手数料 | 申請1件あたり13,800円(税抜) |
| 補償金 | 著作物・利用方法に応じた、通常の使用料相当額 |
手数料は定額ですが、補償金は利用する著作物の性質や使い方によって変わります。支払先は指定補償金管理機関で、6月の初裁定例でも申請者はこの補償金を支払い済みです。
補償金は、後から本当の権利者が名乗り出た場合に、その人へ渡されるお金でもあります。指定補償金管理機関(一般社団法人日本複製権センター)は権利者の探索と補償金の分配を担っており、権利者が現れれば、それまでに集まった補償金の支払いを請求できます。
自分の著作物が裁定を受けて使われていることに気づいた権利者は、文化庁長官に裁定の取消しを求めることも可能です。取消しが認められればその時点までの補償金を受け取れますが、それ以降の利用については、あらためて権利者と利用者の間でライセンス交渉を行うことになります。
裁定を受けたあとの利用期間は最長3年間。期間が過ぎたあとも使い続けたい場合は、あらためて申請し直す必要があります。無期限に使える権利が発生するわけではなく、あくまで時限的な利用を認める仕組みだという点は押さえておきたいところです。
従来の裁定制度との違い — なぜ「新しい」のか
実は、権利者と連絡が取れない著作物を使うための裁定制度自体は、以前から存在していました。「権利者が誰か分からない」「権利者の所在が分からない」「亡くなった権利者の相続人が誰か、あるいはその所在が分からない」といったケースに対応する、従来からの裁定制度です。
この従来制度と未管理著作物裁定制度を比べると、二つの違いが見えてきます。一つは補償金の納め方です。従来制度では補償金をあらかじめ法務局に供託する必要がありました。
未管理著作物裁定制度では、供託が原則とされつつも、指定された補償金管理機関への支払いで済ませられるようになっています。この変更によって、申請から実際に利用できるようになるまでの手続きが簡素化され、かかる期間も短くなりました。
もう一つの違いは利用期間です。従来制度には利用期間の上限が設けられておらず、一度裁定を受ければ長期にわたって利用を続けられます。対して未管理著作物裁定制度は最長3年という期限付きです。
手続きの軽さと引き換えに、利用期間には区切りが設けられている格好です。どちらの制度を使うべきかは、権利者不明の理由や、どれくらいの期間その著作物を使いたいかによって変わってくることになります。
探しやすくなった権利情報 — 二つの新システム
制度を実際に使おうとすると、まず「この著作物は本当に権利者不明なのか」を確認する作業が発生します。この確認作業を支えるために、文化庁は新しいシステムを二つ用意しました。
令和8年(2026年)2月24日、文化庁はこの二つのシステムの運用開始を発表し、同月26日午前10時から実際に稼働を始めています。一つは「分野横断権利情報検索システム」。利用しようとする著作物の分野・種類・利用方法に応じて、権利情報を検索できる仕組みです。もう一つは「個人クリエイター等権利情報登録システム」で、個人クリエイターが自分の作品について、利用してよいかどうかの意思表示を自ら登録できるようになっています。
この二つのシステムは、4月に始まる未管理著作物裁定制度の運用を支え、権利探索の手間を減らすことを目的に構築されました。裁定制度そのものだけでなく、その手前にある「調べる」という作業を効率化する狙いがうかがえます。
まとめ
絶版になった本、撮影者の分からなくなった写真、発行元がなくなった冊子。時間が経つほど、そうした資料は「使いたくても使えないもの」になりがちでした。未管理著作物裁定制度は、権利者の意思を確認する手順と補償金の支払いを条件に、その膠着状態を動かすための仕組みです。
令和8年6月に生まれた初めての裁定例は、一人の個人事業主が絶版の学術書を復刻したいという、ごくささやかな動機から始まったものでした。派手さはありませんが、埋もれていた一冊が読者の手元に戻ったという事実は小さくありません。
手数料や補償金、最長3年という利用期限など、実務上の制約はまだ残っています。それでも、権利者不明という理由だけで資料が眠り続ける時代に、小さな風穴が開いたことは確かなようです。
古い写真や自費出版の冊子、廃業した印刷所や写真館が残した記録など、権利者との連絡が難しい資料は、全国どの地域にも少なからず存在しているはずです。そうした資料をどう扱うかを考えるとき、この制度の名前を思い出す場面が今後出てくるかもしれません。
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- 八王子で暮らすなら知っておきたい法律の話(暮らしの13制度を場面から引く手引き)
参考文献
文化庁「未管理著作物裁定制度」 / 文化庁「著作権者不明等の場合の裁定制度」 / 文化庁 報道発表「『分野横断権利情報検索システム』及び『個人クリエイター等権利情報登録システム』が運用を開始します」 / 参議院「著作権法の一部を改正する法律案」議案情報 / 国立国会図書館カレントアウェアネス「E2800 – 2026年度から始まる未管理著作物裁定制度について」 / 文部科学省note「絶版となった学術書を復刻 ~未管理著作物裁定制度 裁定例~」 / 日本複製権センター(CRIC)「未管理著作物裁定制度・登録確認機関・指定補償金管理機関」
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この記事は連載「暮らしと法律の手帖」第7話です
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