インボイス制度と地域の工房 —— 免税事業者が迎える経過措置の岐路
2023年10月に始まったインボイス制度は、多摩織の工房のような小規模事業者に免税か課税かの選択を迫りました。開始から3年、仕入税額控除の経過措置が縮小する2026年10月を前に、制度の仕組みと今後の変化を整理します。

この記事の目次
消費税の申告に「適格請求書(インボイス)」が必要になったのを、感じたことはありますか。2023年10月に始まったこの制度は、年間売上1,000万円以下の免税事業者にも「課税事業者になるかどうか」という選択を迫りました。多摩織の工房のような小さな作り手にとっても他人事ではないこの制度、開始から3年が経ち、仕入税額控除の経過措置が縮小する節目を迎えています。何がどう変わったのか、そしてこれから何が変わるのかを整理します。
適格請求書等保存方式とは — 制度の仕組み
正式名称は「適格請求書等保存方式」。2023年(令和5年)10月1日に始まった、消費税の仕入税額控除に関する新しいルールです。事業者が仕入れにかかった消費税を差し引くには、取引先が発行する「適格請求書」、いわゆるインボイスの保存が必要になりました。
適格請求書を発行できるのは、税務署に登録した「適格請求書発行事業者」だけです。ここに大きな分かれ目があります。登録するには消費税を納める「課税事業者」になる必要があり、年間売上1,000万円以下で消費税を納めていなかった「免税事業者」は、登録と同時に課税事業者に転換することになるからです。
小さな工房が迫られた選択 — 課税事業者になるか、ならないか
多摩織の工房や個人で活動する職人には、これまで免税事業者として消費税の申告を必要としない人が少なくありませんでした。しかしインボイス制度の開始後、取引先である卸や小売店が課税事業者だと、免税事業者からの仕入れでは仕入税額控除を受けにくくなります。結果として、取引を続けるために課税事業者への転換を迫られるケースが各地の産地で起きています。
課税事業者になれば消費税の申告・納税の事務負担が増えますが、取引先との関係は維持しやすくなります。逆に免税事業者のままでいれば事務負担は変わりませんが、値引きを求められたり、取引そのものを見直されたりするリスクが残ります。どちらを選ぶかは、売上規模や主要な取引先が課税事業者かどうかによって、工房ごとに事情が異なります。
経過措置という猶予 — 2026年10月に控除率が下がる
急激な変化を避けるため、免税事業者からの仕入れについても一定期間、仕入税額控除を受けられる経過措置が設けられました。2023年10月1日から2026年9月30日までの3年間は、免税事業者からの仕入れでも消費税相当額の80%を控除できます。続く2026年10月1日から2029年9月30日までの3年間は、控除できる割合が50%に下がります。
この記事を書いている2026年7月時点は、ちょうど80%控除期間の最終盤にあたります。工房や取引先にとっては、10月以降の控除率引き下げに向けて価格や取引条件を見直すかどうかを考える節目の時期といえます。経過措置は2029年9月30日で終了し、以降は免税事業者からの仕入れについて仕入税額控除を受けられなくなります。
小規模事業者への配慮 — 2割特例と少額特例
課税事業者への転換を後押しするため、免税事業者からインボイス発行事業者に転換した小規模な事業者向けに「2割特例」という負担軽減措置も設けられています。消費税の納税額を、売上にかかる消費税額の2割に抑えられる仕組みで、2023年10月1日から2026年9月30日を含む課税期間まで適用されます。事前の届出は不要で、確定申告のときに選択できます。
また、規模の大きくない事業者が仕入れ側になる場合の負担を減らす「少額特例」もあります。基準期間の課税売上高が1億円以下、または特定期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者であれば、税込1万円未満の仕入れについてはインボイスの保存がなくても、帳簿の記録だけで仕入税額控除を受けられます。この特例は2023年10月1日から2029年9月30日までの時限措置です。
まとめ
インボイス制度は、消費税の仕組みを正確にする一方で、免税事業者という選択肢を事実上狭める制度でもあります。80%控除から50%控除への切り替わりが近づく今、工房や取引先の双方にとって、価格や取引条件を見直す現実的なタイミングが訪れています。2割特例や少額特例といった経過的な配慮も、いずれは終わりを迎えるものです。制度が完全に定着するまでの数年間、暮らしと産業の足元でどんな選択がなされていくのか、注視していきたいところです。
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参考文献
国税庁「適格請求書等保存方式(インボイス制度)の概要」「適格請求書等保存方式に関するQ&A」「困りごとに応じたインボイス制度の手続きの流れ」 / 中小企業庁「インボイス制度、支援措置があるって本当?」
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この記事は連載「暮らしと法律の手帖」第6話です
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