運転免許返納のその先 —— 大和田の移動を考える
運転免許を返納したら、次の移動手段はどうなるのか。八王子市の制度とはちバスの実情を踏まえ、甲州街道と国道16号が交差する大和田町を例に、「返納後の暮らし」を具体的に考えます。

この記事の目次
親が運転免許を返納するかどうかで悩んでいる、という話を聞くことが増えました。それは同時に、自分自身がいつか運転をやめる日の予行演習でもあります。免許を返した後、実際にどうやって移動すればいいのか。八王子市東部の大和田町を例に、制度と地理の両方から考えてみます。
免許を返す、という選択
運転免許証の自主返納は、警察庁が所管する制度です。運転免許が不要になった人や、加齢による身体機能の低下で運転に不安を感じるようになった高齢ドライバーが、有効期間の途中でも自らの意思で免許を返せる仕組みで、手続きは都道府県警察の運転免許センターや警察署の窓口で行います。八王子市内であれば、八王子警察署・高尾警察署・南大沢警察署のいずれかで対応してもらえます。
返納すると免許証自体はなくなりますが、代わりに希望すれば「運転経歴証明書」の交付を受けられます。平成24年(2012年)4月1日以降に交付されたものであれば、銀行口座の開設や各種手続きの際に、運転免許証と同じように公的な本人確認書類として使えます。交付手数料は1,100円で、申請には運転免許証と写真1枚が必要です。ただし返納から5年以上経った人や、交通違反で免許を取り消された人は交付の対象外になります。
八王子市が独自に返納者向けの割引や特典を設けているわけではありません。東京都全体の「高齢者運転免許自主返納サポート協議会」に加盟する美術館や商業施設などの特典を、この運転経歴証明書を提示することで受けられる、という広域の仕組みに乗る形になっています。制度そのものはシンプルですが、返納した後にどう暮らすかは、この先の話です。
数字で見る返納のいま
警察庁の統計によれば、令和6年(2024年)の運転免許自主返納の申請件数は42万7,914件でした。このうち75歳以上が26万4,916人と、全体の約6割を占めています。「高齢になったら免許を返すもの」というイメージはある程度データに裏付けられていますが、近年の返納件数は2022年とほぼ同水準にとどまっており、免許保有者に占める75歳以上の返納率自体はむしろ低下傾向にあるとの見方もあり、単純な「返納ブーム」が続いているわけではなさそうです。
なぜ高齢ドライバーの返納が課題になるのか。内閣府の「令和6年交通安全白書」は、免許保有者10万人当たりの死亡事故件数で、75歳以上が75歳未満のおよそ2倍(75歳以上5.3件)に上ると報告しています。事故の中身を見ると、75歳以上の運転者は工作物への衝突や路外への逸脱といった単独事故の割合が高く、ブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故も、75歳未満が1.1%であるのに対し75歳以上は7.7%と際立って高い数値です。
一方で、返納を一律に急かす流れだけではありません。警察庁は令和7年度から高齢運転者技能検査を導入しており、対象者16万5,756人のうち93%が合格しています。この検査は運転免許の更新時期に合わせて実施されるもので、一定年齢以上のドライバーに一律に「やめる」ことを求めるのではなく、実際の運転技能を確かめたうえで、続けられる人には運転を続ける選択肢を残す仕組みです。9割を超える合格率は、高齢者の運転能力が年齢だけで一律に語れるものではないことも示しています。
つまり返納は「高齢者は皆やめるべき」という単純な話ではなく、一人ひとりの身体機能と生活環境に応じた選択であるべきだ、ということです。この前提を踏まえたうえで、返した後の移動手段の話に進みます。
返納後の「足」——はちバスとシルバーパス
八王子市には「はちバス」という地域循環バスがあります。正式名称は八王子市地域循環バスで、高齢者や障害のある人、妊婦など、いわゆる交通弱者の外出を支えることを目的に、市内の交通空白地域を中心に運行されています。運行は西東京バス株式会社との協定に基づいており、市が独自に始めた路線です。
導入は段階的に進みました。平成15年(2003年)3月に北西部コースが走り始め、平成16年(2004年)3月に東部コース、平成23年(2011年)1月に西南部コースが加わりました。平成30年(2018年)12月15日には北西部コースが北部・西部の2路線に分割され、現在は北部・西部・東部・西南部の4コース体制です。運賃は距離に応じて100円・170円・200円の上限制で、現金のほかPASMOやSuica、東京都シルバーパスも使えます。
シルバーパスは、70歳以上の都民が対象の制度です。都営バスや都営地下鉄はもちろん、はちバスを含む都内の民営バスでも使えるため、免許返納後の移動を都バス・民営バスの路線網でカバーする手段として、はちバスとあわせて紹介する価値があります。制度としては、返納後の「足」を支える仕組みは一応揃っている、と言えそうです。ただし、この仕組みが実際にどこまで行き届いているかは、地域によって差があります。
大和田という街で考える
その差を具体的に見るために、大和田町という一つの街を例に取ります。大和田町は八王子市東部、浅川の北岸に位置し、東西に走る甲州街道と、南北に走る国道16号八王子バイパスが、大和田町四丁目交差点で立体交差する交通の要衝です。町域は大和田町一丁目から七丁目まで広がり、市内でも人口規模の大きいエリアの一つとされています。かつては水田地帯でしたが、1950年代以降に市営住宅の建設などを通じて住宅地化が進み、街道沿いには大型商業施設やスーパーが集積してきました。川沿いには「大和田河川敷広場」もあり、住宅地としての暮らしやすさと、浅川の緑地空間とが同居する街でもあります。
ここで、はちバスの路線を実際に確認してみると、意外な事実にぶつかります。東部コース(JR片倉駅⇔日生団地)は片倉台・北野・長沼方面を経由する路線ですが、停留所の一覧に「大和田」を含む停留所はありません。北部・西部・西南部の各コースも、西八王子・川口・高尾方面が対象で、大和田町とは地理的に重なりません。つまり大和田町は、市が交通弱者向けに用意したはちバスの対象エリアには入っていないのです。
これは「大和田町の交通が不便」という意味ではありません。むしろ逆です。大和田町には、西東京バスの一般路線バス停が甲州街道沿いに複数存在します。「大和田」「大和田坂下」「大和田団地」といった停留所がそれで、はちバスが本来カバーしようとしている交通空白地域とは、性質が異なる場所だということです。はちバスは山間部や丘陵部など、一般路線バスの本数が少ない地域を補う役割を担っており、大和田町のようにすでに幹線道路沿いで一般路線バスの便が確保されているエリアは、そもそもはちバスを必要としない構造になっている、と読み取れます。
「年齢」ではなく「街の形」という視点
大和田町の例からは、免許返納後の生活の質を左右するのは「年齢」そのものではなく、「徒歩やバスで届く範囲に商業施設と交通の結節点があるかどうか」という街の形そのものではないか、という視点が浮かび上がってきます。同じ八王子市内でも、甲州街道沿いの大和田町のような場所と、高尾・恩方・戸吹といった丘陵部とでは、免許を返した後の暮らしやすさは大きく変わってくるはずです。
八王子市全体で見ると、高齢化は着実に進んでいます。住民基本台帳(2023年)に基づく推計では、市全体の高齢化率はおよそ27.1%とされています。市内に27万人を超える人が暮らす中で、返納を考える人、あるいはすでに返納した人の数は、今後も一定の水準で推移していくと見てよいでしょう。
その一人ひとりにとって大事なのは、「返納すべきかどうか」という一律の答えではなく、「自分が暮らす街は、車がなくてもどこまで生活できる形をしているか」を、あらかじめ知っておくことだと思います。大和田町のように幹線道路沿いで一般路線バスに恵まれた街もあれば、はちバスが交通空白を補う街もある。どちらであるかによって、免許を返す前に確認しておくべきことは変わってきます。
親の免許返納を考えている人にとっても、これは他人事ではありません。実家が大和田町のような幹線道路沿いにあるのか、それとも一般路線バスの本数が少ない丘陵部にあるのかによって、返納後に必要なサポートの中身はまったく違ってきます。はちバスの路線図やシルバーパスの制度を、免許を返す前の段階で一度確認しておくだけでも、いざというときの選択肢は広がるはずです。返納は、運転をやめる日の話であると同時に、自分や家族が暮らす街の輪郭を、あらためて見つめ直すきっかけでもあるのかもしれません。
まとめ
運転免許の自主返納は、警察庁が所管する全国共通の制度であり、令和6年には42万件を超える申請がありました。一方で、返納後の「足」をどう確保するかは、住む街によって事情がまったく異なります。八王子市のはちバスは交通空白地域を補う仕組みですが、甲州街道沿いの大和田町のように、そもそもはちバスの対象外になっている街もあります。免許返納は年齢だけで一律に判断するものではなく、自分や家族が暮らす街の交通の形を、あらかじめ知ったうえで考える選択なのだと、大和田町の例は教えてくれます。
参考文献
警察庁「運転免許証の自主返納について」「運転免許統計」 / 八王子市ホームページ「運転免許証の自主返納制度」「はちバスの概要」「東部コース JR片倉駅⇔日生団地」「東京都シルバーパス」 / 内閣府「令和6年交通安全白書」 / レスポンス(Response.jp)「警察庁、高齢運転者技能検査を見直しへ」
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