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風土と工芸の歴史 · 公開: 2026.10.24 · 7分で読めます

八王子の獅子舞 —— 9つの郷土芸能が伝える五穀豊穣の祈りと、途絶えた継承

八王子市が指定する10件の郷土芸能(獅子舞・龍頭の舞・木遣)のうち、9件は今も続き、梅坪の簓獅子舞だけが半世紀以上前に途絶えた。その分かれ道を一次資料で追う。

織物の経糸と緯糸が交差する和モダンな幾何学文様

八王子市が無形民俗文化財(郷土芸能)として指定する獅子舞・龍頭の舞・木遣は、合わせて10件あります。そのうち9件は今も毎年どこかの神社で奉納されていますが、1件だけ指定の記録を残したまま半世紀以上前に止まったものがあります。何が続く理由になり、何が止める理由になったのか、10件を見渡すとその分かれ道が見えてきます。

連載「桑都の風土記」第15回|この連載をまとめて読む


10件の指定、9件の継続 —— ひとつだけ止まった理由

八王子市文化財課が所管する指定無形民俗文化財(郷土芸能)は、現在10件あります。狭間の獅子舞、今熊神社の獅子舞、田守神社の獅子舞、石川町龍頭の舞、木遣、氷川神社の獅子舞、山入の簓獅子舞、小津の獅子舞、梅坪の簓獅子舞、四谷の龍頭舞です。内訳は獅子舞(簓獅子舞を含む)系が7件、龍頭の舞が2件、木遣が1件になります。

いずれも「古くから各地の神社で、五穀豊穣や雨乞いを祈願し奉納されてきた」という共通の起源説明を市は紹介しています。所管は文化財課で、文化財保護審議会が指定の審議にあたります。市の指定文化財にはほかに史跡(八王子城跡・滝山城跡・片倉城跡等)や天然記念物、有形文化財があり、無形民俗文化財(郷土芸能)はそのなかの一区分です。

10件のうち、梅坪の簓獅子舞だけが昭和44年(1969年)を最後に実演が止まっています。残る9件は今も年中行事として続いています。指定された時期も同じ昭和35年(1960年)10月28日に集中しており、「同じ日に指定された文化財が、半世紀を経てどう分かれたか」というのが、この10件を並べて見る意味になります。

今熊神社の獅子舞と田守神社の獅子舞も、残る9件のなかに含まれます。市公式ページの令和8年度(2026年度)開催情報では、両社の獅子舞は8月23日に揃って奉納されると案内されており、田守神社の獅子舞は保存会により「8月最終日曜(8月31日を除く)」に開催される旨が別途案内されています。2026年は8月23日12時30分から16時まで実施されました。


五穀豊穣と雨乞い —— 山間の農村が獅子に託した祈り

八王子の西部、恩方や美山町のあたりは山間の農村で、ここに伝わる獅子舞は「雨乞い」という切実な動機を今も伝えています。

小津の獅子舞は、「およそ400年前から、五穀豊穣・雨乞いを祈願して始められた」と伝えられています。熊野神社(八王子市小津町142-1)で、8月16日に最も近い日曜に奉納され、保存団体は小津獅子舞太刀保存会です。

名称に「太刀」が入っていることから、獅子舞に剣技的な要素が伴っている可能性があります。JR中央線高尾駅北口から西東京バスに乗り、恩方事務所バス停で下車して徒歩約20分という、市街地からは離れた場所に伝わる芸能です。

山入の簓獅子舞は、江戸時代中頃に始まったと伝えられ、五穀豊穣・悪魔退散を祈願して奉納されます。「山入」は美山町周辺の旧地名で、芸能の名前にその土地の呼び名が残っています。保存団体は美山町簓獅子舞保存会で、日枝神社と琴平神社の両社に隔年交互に奉納するという珍しい運用をとっており、毎年4月第2日曜に開催されます。

両者に共通するのは「雨乞い」「五穀豊穣」という農業共同体の祈りです。織物の街として知られる八王子が、同時に山間部では農村としての顔を持っていたことを裏づけています。


狭間から氷川神社へ —— 明治の行政区割が生んだ「分かれ」

獅子舞は、村や鎮守の氏子圏という単位と密接に結びついて継承されてきました。そのことがもっとも分かりやすく表れているのが、狭間の獅子舞と氷川神社の獅子舞の関係です。

狭間の獅子舞は、御嶽神社(八王子市狭間町1881番地。京王線高尾駅から南へ徒歩約10分)で毎年9月最終日曜に奉納され、保存団体は狭間の獅子舞保存会です。牡獅子2匹・牝獅子1匹、計3匹による舞が中心で、獅子舞に付随して「天然理心流」の棒術が演じられます。

天然理心流は、新選組隊長・近藤勇が八王子の加住・戸吹に道場を構え、八王子千人隊に剣術を教えた流派として伝わります(連載第12回「近藤三助」で扱った天然理心流の系譜につながります)。市公式ページでは「天正18年(1590年)、八王子城主・北条氏照より獅子を拝領して始まった」という起源譚が紹介されていますが、これは社伝・口承として示されているものです。

天正18年は豊臣秀吉の小田原征伐で八王子城が落城し、氏照自身が自刃した年そのものでもあります。落城前の拝領か、落城後の遺風継承の伝承かという年代の整合性には検討の余地があり、確実な史実としては「昭和35年(1960年)10月28日の市指定」を基準に考える必要があります。

氷川神社の獅子舞は、明治4年(1871年)の行政区画変更によって、狭間の獅子舞から分離する形で始まったと記録されています。翌明治5年(1872年)に氷川神社が原地区の鎮守社となり、地元の若者たちが新たに獅子舞を舞い始めたとされます。

毎年8月第3土曜・日曜に実施され、土曜日は原町の熊野神社、日曜日は氷川神社で、五穀豊穣・悪魔退散を祈願して奉納されます。保存団体は氷川神社獅子舞保存会で、昭和35年(1960年)10月28日に指定されました。

同じ「狭間系」の獅子舞が、明治の行政区割という具体的な制度変更をきっかけに2系統へ分かれたという経緯は、郷土芸能がどれほど「村」の単位に縛られて続いてきたかを示す好例といえます。


梅坪の簓獅子舞 —— 永禄年間から約400年、昭和44年に止まった奉納

その「村の単位」が守りきれなかった例が、梅坪の簓獅子舞です。

梅坪の簓獅子舞は、永禄年間(1558年から1569年)から、五穀豊穣・悪魔退散・災難削除を祈願して天神神社に奉納されていたと伝えられています。他の多くの獅子舞と同じ昭和35年(1960年)10月28日に市指定無形民俗文化財(郷土芸能)に指定され、保持団体は天神神社氏子です。

永禄年間という起源年代は社伝によるもので、同時代の史料による直接確認が明記されているわけではありませんが、指定日という行政上の記録は確実な事実として残っています。

太平洋戦争の影響などにより、戦後は奉納の頻度が徐々に減っていきました。そして昭和44年(1969年)を最後に、現在は実施されていません。

指定そのものは取り消されておらず、市の文化財リストには今も載っています。つまり梅坪の簓獅子舞は、10件のなかで唯一「指定は維持されているが、実際の奉納は半世紀以上前に止まっている」という状態にあります。

他の9件が現在も年中行事として続いている一方で、同じ市指定文化財でありながら担い手が絶え、指定という記録だけが残った芸能が存在します。これが、10件を並べたときに浮かび上がる最大の対比です。


四谷の龍頭舞と木遣 —— 続く芸能が見せる、今の継承のかたち

一方で、途絶えずに続いている芸能のなかには、今まさに新しい動きを起こしているものもあります。

四谷の龍頭舞は、獅子舞とは分類が異なる芸能で、「老いたる獅子・若き獅子・雌の獅子」という3匹の獅子(龍頭)が物語性を持って舞う構成を特徴とします。昭和35年(1960年)に八王子市無形文化財に指定され、2020年(令和2年)には日本遺産「霊気満山 高尾山〜人々の祈りが紡ぐ桑都物語〜」の構成文化財として追加認定されました。

毎年8月25日(四谷町祭礼・宵宮)と8月26日(諏訪神社祭礼)に開催され、保存会は太鼓・笛・舞・裏方など多様な関わり方で担い手を募集しています。現在、保存会公式サイトでは300年ぶりとなる龍頭(龍の頭部の造形物)の新調が3年計画で進行中であることが公表されています。半世紀にわたって担い手が絶えた梅坪とは対照的に、300年という単位で道具そのものを新調しようとしている動きがあるわけです。

市の無形民俗文化財一覧には、四谷とは別に「石川町龍頭の舞」も掲載されており、毎年9月12日から13日ごろに開催されています。四谷の龍頭舞との由来・系譜上の関係は公式情報だけでは確認できませんが、龍頭を使う芸能が市内に2系統伝わっていることになります。

木遣は、獅子舞や龍頭舞のような神社奉納の農耕儀礼芸能ではなく、もともと重い木材を引く・運ぶ際の掛け声から生まれた労働歌です。幕末に消防組員(火消し)に伝わり、現在は八王子消防記念会が継承しています。

例年1月第2日曜、市役所西側の浅川河川敷広場で行われる「出初式」で実演され、こちらも日本遺産「霊気満山 高尾山」の構成文化財として市指定無形民俗(郷土芸能)の扱いで組み込まれています。農村の祈りではなく「火消し」という都市の職能集団が担ってきた芸能である点で、他の9件とは異質な存在といえます。


まとめ

八王子市指定の10件の郷土芸能のうち、9件は御嶽神社・氷川神社・熊野神社・日枝神社・天神神社(梅坪)といった各地区の鎮守の氏子圏と結びつき、形を変えながらも今も続いています。唯一、梅坪の簓獅子舞だけが昭和44年(1969年)を最後に途絶え、指定という記録のみがその痕跡を残しています。

同じ昭和35年に指定された芸能の明暗がここまで分かれたのは、戦後の社会変化のなかで、担い手を抱える氏子圏の力がどれだけ残ったかの差だったのでしょう。見に行く際は、開催日時が年度により変動するため、八王子市公式ホームページの最新情報を確認してください。


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参考文献

八王子市公式ホームページ「八王子市指定無形民俗文化財(郷土芸能)」 / 八王子市公式ホームページ「狭間の獅子舞」 / 八王子市公式ホームページ「氷川神社の獅子舞」 / 八王子市公式ホームページ「小津の獅子舞」 / 八王子市公式ホームページ「梅坪の簓獅子舞」 / 八王子市公式ホームページ「八王子市指定無形民俗文化財『獅子舞』祭礼、『木遣』情報」 / 四谷町龍頭の舞保存会公式サイト / 日本遺産ポータルサイト「霊気満山 高尾山 構成文化財」

この記事は連載「桑都の風土記」第17話です (全18話・更新中)

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カヅキ

カヅキ

桑都手帖 編集者

ものづくりや意匠設計を学んだ経験をもとに、八王子の風土・歴史・伝統工芸を現代につなぐ記事を書いています。暮らしの手続きについても、調べたことをそのまま書き留めています。