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風土と工芸の歴史 · 公開: 2026.10.17 · 7分で読めます

八王子城跡は、どう掘り起こされてきたか —— 7万点の出土品と、史跡を未来へ継ぐ75年

北条氏照の居城・八王子城跡は、落城からおよそ360年の歳月を経て国史跡に指定されました。昭和61年の確認調査から7万点の出土品、ガイダンス施設の開設、令和の追加指定まで、史跡が今の姿になるまでの発掘調査と保存整備の歩みを一次資料から辿ります。

竹竿に干された藍染の布

天正18年(1590年)6月23日、北条氏照の居城・八王子城はわずか1日で落ちました。それから300年以上が過ぎたある日、地中に眠っていた石段の下から、戦国の暮らしのかけらが次々と姿を現します。茶道具や香道具に混じって、遠くベネチアから運ばれたとみられるガラスの破片まで見つかったといえば、どれほどの調査がこの山に積み重ねられてきたか、想像がつくでしょうか。今回は落城の悲話ではなく、その後75年にわたる発掘と保存整備——史跡が「守られる仕組み」をどう手に入れてきたかを辿ります。

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一日で落ちた城が、史跡になるまで

北条氏照が本拠を置いた八王子城は、天正18年(1590年)6月23日、豊臣方の攻撃によってわずか1日のうちに落城しました。山城としての命運はそこで尽きましたが、城そのものの記憶は消えませんでした。昭和24年(1949年)、当時の史蹟名勝天然紀念物保存法に基づき史跡として仮指定され、新たに文化財保護法が制定された直後の昭和26年(1951年)6月9日、正式に国の史跡に指定されています。指定の理由としては、落城後も堀・土塁・石垣などが旧状をよく留め、中世城郭の規模を知るうえで重要な遺跡と評価されたことが挙げられました。

指定された史跡の範囲は、その後も少しずつ広がっていきます。昭和54年(1979年)、昭和58年(1983年)、昭和61年(1986年)と3回の追加指定を経て、直近では令和5年(2023年)9月28日に4回目の追加指定が行われました。この時点で指定史跡の範囲は約160ヘクタールに達しています。所在地は東京都八王子市元八王子町三丁目・下恩方町・西寺方町にまたがり、山域そのものが史跡として広がっていることが分かります。一度落城した城が、70年以上をかけて少しずつ「公式に守るべき範囲」を広げてきた——その歩みの先に、次に紹介する発掘調査があります。


御主殿の石段の下に、何が眠っていたか

史跡指定から30年以上が過ぎた昭和61年(1986年)、本格的な発掘調査に先立つ確認調査が始まりました。手がかりとなったのは江戸時代の古図です。そこに記された「北条陸奥守殿御主殿」という表記から、御主殿——氏照が執務し、来客をもてなした中心施設——の位置を実地で確かめる作業が出発点になりました。

翌昭和62年(1987年)、御主殿地区で本格的な発掘調査が始まり、御主殿へ直結する石段と、その途中に設けられた2か所の踊り場(階段の間にある平らな休憩部)が検出されました。古図の記述が、実際に地中の遺構と一致したのです。調査はさらに続き、平成2年(1990年)——奇しくも落城からちょうど400年の節目にあたる年——には、これを機とした記念事業として、御主殿の虎口(城郭の出入口)周辺の石垣・通路の整備と、御主殿へ続く古道の整備が完了しています。手探りの確認調査から始まった発掘が、節目の年に合わせて目に見える成果へとつながった4年間でした。

発掘から見えてきたのは、御主殿だけではありません。山頂の本丸を中心とする戦闘エリア「要害地区」は、深沢山(城山)の地形を利用し、本丸を頂点に、周囲を守る曲輪(平場)を連ねた構造を持っています。居館地区南側の尾根にある太鼓曲輪は、5本の深い堀切で尾根筋を分断し、南側を石垣で固めた防御構造を備えていました。御主殿が接客・儀礼の場だったのに対し、山上は徹底した防御の構えだったことが、発掘と地形調査の両面から浮かび上がっています。


7万点の暮らしの跡と、ベネチアから来たガラス

平成4・5年度(1992〜1993年)の2か年には、御主殿地区で最大規模の発掘調査が行われました。この調査で検出されたのは、氏照が執務・居住した「主殿」と、来客接待のための「会所」という2棟の大型建物の礎石跡です。主殿は9間×15間(約18m×29.4m)、会所は6間×11間(約13.28m×20.86m)という規模で、いずれも火災の痕跡が確認され、柱の配置や焼失時の間取りまで推定できる状態で遺構が残っていました。庭園跡・池跡・石敷きの通路・水路も同時に検出され、御主殿が単なる防御の拠点ではなく、儀礼や接客の場としての機能も備えていたことが分かります。

この調査で出土した遺物は、総数にして約7万点にのぼります。大半は日常使いの食器類が占めますが、その中には茶道具・香道具といった文化的な遺物、刀・鉄鏃・鉄砲弾などの戦闘に直結する遺物、さらには明(当時の中国)から運ばれた磁器の破片や、ベネチア産とみられるレースガラス器の破片までが含まれていました。戦国時代の山城の地中から、はるか西方の工芸品の破片が出てくる——その事実だけで、御主殿が武備一辺倒の施設ではなかったことが伝わってきます。


埋め戻してから、もう一度積み上げる

大規模な出土品の整理が進む一方、現地をどう見せるかという課題が残っていました。国(文化庁)の補助を受け、平成20年度から平成24年度(2008〜2012年度)にかけての5か年計画で、御主殿跡の整備事業が進められます。

平成24年度(2012年度)、この整備事業によって御主殿跡の復元的整備工事が完了し、石垣・虎口・曳橋(ひきはし)が現在の姿になりました。地表に見えている遺構表現は、本物の遺構を保護するために一度埋め戻して盛土し、その真上に位置・形状を忠実に再現したものです。つまり、今歩道から見える石垣や通路は、オリジナルの石そのものではなく、オリジナルを守るための「覆い」の上に再現された姿ということになります。

同じ平成24年、麓には「八王子城跡ガイダンス施設」が完成しました。城の歴史を紹介する映像放映や展示解説を備えたこの施設は、同年6月25日に制定された「八王子市国史跡八王子城跡ガイダンス施設条例」に基づいて運営されており、条例は同年10月20日に施行されています。目的は「国指定の史跡である八王子城跡の歴史的価値を広く紹介し、市民及び史跡来訪者の歴史に対する理解を深め、もって文化の向上に寄与する」こと。整備と並行して2013年には、主殿の礎石や庭園内の池跡を対象とした再調査も行われ、平成4・5年度の調査では手が回らなかった範囲が補われています。

条例では開館時間を午前9時から午後5時までと定め(教育委員会が必要と認める場合は変更可)、管理運営は八王子市教育委員会が担っています。入館料は無料で、休館日は1月1日から3日、12月29日から31日のみ。現地にはほかに管理棟(トイレ・ガイド控室・パンフレット配布、利用時間9時から17時)と、大型バス4台・普通車50台・身障者用2台分の駐車場も整備され、訪れる人を受け入れる体制が整えられています。


次の100年へ、計画は引き継がれる

整備が一区切りついた後も、史跡をどう次代へ引き継ぐかという課題への取り組みは続きます。平成27年(2015年)2月、八王子市は史跡の範囲・現状・保存管理の基本方針を定めた「国指定史跡八王子城跡保存管理計画」を策定しました。これを受けて平成30年(2018年)2月には、「国指定史跡八王子城跡保存整備基本構想・基本計画」が策定されています。

この基本構想・基本計画の策定にあたっては、来訪者アンケート調査が実施され、史跡の歴史的価値に対する来訪者の認知度やニーズが把握されました。発掘で掘り当てた事実を、どう整備し、どう伝えていくか——その方向性を定める計画が、現場での工事に先立って積み重ねられてきたことが分かります。

保存管理計画が史跡の範囲・現状・保存管理の基本方針を定める指針であるのに対し、基本構想・基本計画はそれを踏まえて実際の整備手法の方向性を具体化するものです。発掘調査→整備工事→計画策定という順ではなく、計画を挟みながら段階的に整備を進めるこの手順は、全国の国史跡整備に共通する進め方でもあります。


今、誰でも無料で歩ける史跡

こうした発掘と整備の積み重ねの先に、今の八王子城跡があります。見学は無料で、通年開放されています。現地では「ポケット学芸員」というアプリを使えば、御主殿ルートを中心とした音声・解説ガイドを利用でき、スマートフォン1台で遺構の解説を聞きながら歩くことができます。

評価の面でも、平成18年(2006年)4月、日本城郭協会により、山頂の要害地区と御主殿跡を含む史跡全体が「日本100名城」の一つに選定されました。昭和26年の国史跡指定から数えて75年。わずか1日で落ちた城が、幾度もの発掘調査と整備計画を経て、誰もが無料で歩ける史跡として今の姿を保っています。


まとめ

落城そのものの悲劇は、城の歴史のほんの一部にすぎません。昭和61年の確認調査から令和の追加指定まで、八王子城跡はおよそ75年をかけて少しずつ掘り起こされ、少しずつ整備され、少しずつ次代へ引き継がれる仕組みを整えてきました。石段の下の踊り場も、7万点の出土品も、埋め戻された石垣の下の本物も——私たちが今歩いている道のすべてに、発掘と保存整備という静かな仕事の積み重ねがあります。


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連載「桑都の風土記」は、八王子の土地に刻まれた信仰・地形・歴史を、史料と伝承を区別しながら掘り起こすシリーズです。


参考文献

文化庁「国指定文化財等データベース 八王子城跡」 / 八王子市ホームページ「八王子城跡」「国指定史跡八王子城跡保存整備基本構想・基本計画」 / 城びと「お城の現場より〜発掘・復元・整備の最前線:第25回 八王子城(東京都)」 / 例規Navi「八王子市国史跡八王子城跡ガイダンス施設条例」

この記事は連載「桑都の風土記」第16話です (全16話・更新中)

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カヅキ

カヅキ

桑都手帖 編集者

ものづくりや意匠設計を学んだ経験をもとに、八王子の風土・歴史・伝統工芸を現代につなぐ記事を書いています。暮らしの手続きについても、調べたことをそのまま書き留めています。