桑都の風土記
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第1話
高尾山の修験道 —— 薬王院と天狗信仰の1300年
高尾山薬王院の1300年にわたる歴史と修験道の信仰。開山伝承から飯縄大権現の勧請、天狗信仰の成立、明治の危機と現代の発展まで、そのあゆみを辿ります。
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第2話
八王子まつりの山車彫刻 —— 宮彫りの技と祭礼文化
江戸時代より続く二つの氏子圏の祭礼が融合して生まれた八王子まつり。本稿では、その歴史と宮彫りの名匠・佐藤光重らが手がけた彫刻山車の魅力に迫ります。
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第3話
滝山城と大石氏 —— 桑都前夜の戦国城下町
「桑都」八王子の礎となった城下町は、江戸期の宿場より前、戦国期の滝山城にまで遡ります。大石氏の築城から北条氏照の家督継承、武田信玄来攻、そして八王子城への本拠移…
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第4話
日本遺産『桑都物語』を歩く —— 認定5年目の夏、30件の文化財と新イベント
東京都内で唯一の日本遺産に認定された八王子の『桑都物語』。認定5年目の夏を迎え、30件の構成文化財、ミュージアムの移転、そして7月19日開催の新イベントまで、そ…
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第5話
八王子の酒と水 —— 扇状地の伏流水が育てた酒蔵
浅川がつくった扇状地の湧水が支えてきた八王子の酒造り。「20軒の造り酒屋」「2012年に途絶えた」という通説と、大正創業の蔵の現存、そして新しい醸造所の誕生とい…
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第6話
浅川の砂利と鉄道 —— 多摩の骨材が東京を建てた
多摩川・浅川流域で採れた砂利は、明治の鉄道開通から関東大震災後の東京復興までを支える骨材だった。その輸送のために発達した八王子の鉄道網の歴史を一次資料からたどり…
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第7話
小仏関所と甲州道中 —— 江戸の西を守った武蔵国境の関所
八王子市裏高尾町の小仏峠に置かれた小仏関は、甲州道中でもっとも堅固と評された江戸の西の守りだった。戦国期の起源から江戸時代の厳格な運営、明治の廃止、そして昭和2…
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第8話
廿里古戦場 —— 武田信玄侵攻の前哨戦と、八王子城築城の起点をめぐる伝承
JR高尾駅近くの市指定旧跡「廿里古戦場」。永禄12年の武田信玄侵攻をめぐる合戦の経過と、そこに語られる『敗戦が八王子城を生んだ』という伝承の史実性を検証します。
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第9話
御主殿の滝 —— 八王子城落城の悲話と、その伝承をめぐる異説
八王子城落城の際に多くの命が失われたと語り継がれる「御主殿の滝」。血に染まった川、あかまんまの風習という悲話の中身と、近年提示されている異説を史実と分けて整理し…
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第10話
八王子に富士山が3つある —— 富士講が刻んだ「富士塚」とだんご祭り
八王子市台町の富士森公園には、実際の富士山とは別に、もう一つ小さな「富士山」が築かれています。高さおよそ6メートルの塚の頂には浅間神社が祀られ、8月1日の例大祭…
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第11話
絹の道と鑓水商人 —— 横浜開港が拓いた交易路と、鑓水という一集落の急成長・急速な衰退
八王子市鑓水に遺る「絹の道」は、江戸期には「神奈川往還」と呼ばれた道でした。横浜開港が生んだ生糸交易の特需で、一介の山村がどう豪商の里に変わり、鉄道の登場でどう…
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第12話
八王子権現 —— 牛頭天王と八人の王子が、なぜ市の名前になったか
「八王子」という地名は、牛頭天王とその8人の王子を祀る八王子権現信仰に由来するとされています。延喜の昔の創建伝承から戦国期の八王子城、明治の神仏分離を経て、なぜ…
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第13話
陣馬街道と和田峠 —— 甲州裏街道に生糸を運んだ道と、村が守った小さな関所
八王子から和田峠を越えて甲斐国へ抜ける陣馬街道は、江戸期には「案下道」と呼ばれた甲州街道の裏街道でした。村人が守った関所、街道を押さえた山城、そして童謡「夕焼小…
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第14話
陣馬街道と和田峠 —— 甲州裏街道が運んだ絹糸・木炭と、関所を避けた人々の伝承
八王子市街から和田峠を越え甲斐へ抜ける「陣馬街道」は、江戸期には「案下道」と呼ばれた甲州街道の裏街道でした。口留番所、武田家の姫の逃避行、戦国の山城、そして童謡…
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第15話
多摩御陵と消えた京王御陵線 —— 大正天皇の陵が呼んだ参拝客と、戦時下わずか14年で運行休止した支線
八王子市長房町の皇室墓地「武蔵陵墓地」、通称・多摩御陵。大正天皇の崩御を機にこの地に陵が築かれ、参拝客輸送のために京王電気軌道の支線「御陵線」まで生まれました。…
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第16話
八王子城跡は、どう掘り起こされてきたか —— 7万点の出土品と、史跡を未来へ継ぐ75年
北条氏照の居城・八王子城跡は、落城からおよそ360年の歳月を経て国史跡に指定されました。昭和61年の確認調査から7万点の出土品、ガイダンス施設の開設、令和の追加…