本文へスキップ
あと8分 購読

風土と工芸の歴史 · 公開: 2026.09.24 · 8分で読めます

多摩織の現在地 —— 名誉都民・澤井伸と、伝統工芸とテクノロジーの接続

産地全体でおよそ9軒にまで絞られた多摩織の工房。そのひとつ、澤井織物工場がGoogleとの協業や異分野連携を重ね、2024年には当代の澤井伸氏が東京都名誉都民に選ばれた道のりを一次資料で辿ります。

和紙の繊維の質感を写した和モダンな抽象イラスト

2024年、東京都が新たに名誉都民として選んだのは、俳優でも学者でもなく、八王子で織機に向かい続けてきた一人の伝統工芸士でした。多摩織の産地は最盛期の1950年代に9,000台以上あった力織機が、今では技術を継ぐ工房そのものがおよそ9軒という規模にまで縮んでいます。その縮小の只中で、なぜ一工房の職人がGoogleと手を組み、東京都最高格式の顕彰に至ったのか——令和の多摩織が実際にどう作られ、誰に受け継がれようとしているかを追います。

連載「桑都の織物史」第16回|この連載をまとめて読む


縮小する産地で —— 9,000台から9工房へ

八王子の織物産地には、かつて圧倒的な規模がありました。郷土史サイト「桑都みらい物語」の記述によれば、1950年代には産地全体で9,000台以上の力織機が稼働していたといいます。戦後の「ガチャ万景気」を支えた、まさに最盛期の数字です。

しかしその台数は、1998年(平成10年)には758台にまで落ち込みました。半世紀足らずで、織機の数はおよそ12分の1に減った計算になります。

産地としての組織そのものは、もっと古くから続いています。明治32年(1899年)、重要輸出品同業組合法に基づいて「八王子織物同業組合」が設立され、組合員数は約3,900人に及んだといいます。組合はその後、昭和15年(1940年)の財団法人化、昭和25年(1950年)の協同組合化を経て、昭和33年(1958年)に現在の「八王子織物工業組合」へと組織を変えました。

令和の現在、この長い歴史を持つ産地で、多摩織の技術を継承する工房はおよそ9軒にまで絞られているといいます。日立ソリューションズが伝統工芸士・澤井伸氏に行ったインタビュー記事に見られる数字です。1950年代の力織機9,000台超という規模と比べると、産地は工房数という単位で見ても、大きく姿を変えたことがうかがえます。

それでも、産地としての組織活動は途切れていません。組合の拠点は八王子繊維貿易館内(八王子市八幡町11-2)に置かれ、1階では直販ショップ「ベネック」を運営し、2階で事務局業務を担っています。オンラインショッピングサイトの管理や、Instagram・YouTubeでの情報発信も行っているといい、「ものづくり・匠の技の祭典」への出展、国内生産の相当なシェアを占めるとされるネクタイ生産、スカーフ・ストール製造、一般向けの手織り体験プログラムなど、産地としての活動は規模を縮めながらも今も続いています。


澤井織物工場、19代・4代の機屋

その9軒のうちの一つが、八王子市高月町にある澤井織物工場(有限会社澤井織物工場)です。当代の澤井伸氏で、澤井家としては19代目、織物業としては4代目にあたるといいます。一族はもともと江戸時代後期から、八王子で養蚕農家として暮らしていました。

澤井伸氏は昭和25年(1950年)3月10日生まれ。大塚服装学院を卒業した後、家業である織物業に本格的に従事するようになります。そして平成9年(1997年)、経済産業大臣指定の伝統的工芸品・多摩織の伝統工芸士(総合部門)に認定されました。家業に入ってから、この認定までにはおよそ20年以上を要したことになります。

現在の澤井織物工場は、アパレル企業向けの製造が全体の8〜9割を占めています。ロット(最小製造単位)は平均50〜100枚程度という小ロット生産が特徴で、マフラー・ストール・ネクタイ・インテリア小物など、着物以外の製品展開も進んでいます。着物という伝統的な用途にとどまらず、日常使いできる製品へと生地の行き先を広げてきたことが分かります。

多摩織の生産は本来、意匠紋紙・糸染・糊付・整経といった10ほどの工程が分業で支え合う仕組みです。一つの工程が途絶えれば全体が止まりかねないという構造的な脆さは、澤井織物工場のような機屋にも等しく重くのしかかる課題です。


Googleが見た絹の組紐 —— Project Jacquardとの協業

澤井織物工場の名を大きく知らしめたのは、平成28年(2016年)に参画した「Project Jacquard(プロジェクト・ジャカード)」でした。GoogleのATAP(Advanced Technology and Projects)部門とLevi’sが共同で進めた、衣服をタッチセンサー化するプロジェクトです。

澤井織物工場は古くから、シンプルで緻密な絹の組紐(くみひも)を作り続けてきました。澤井伸氏によれば、この組紐が持つ伸縮性を活かし、導電性の糸と、衣類に縫い込める超小型電子部品を組み合わせる技術の開発に協力したといいます。伝統的な織りの技術が、そのままデジタルデバイスの素材開発に転用された形です。

この協業の成果は、リーバイスのスマートデニムジャケット「Levi’s Commuter x Jacquard by Google」として、2017年春夏に商品化されました。自分のスマートフォンを、袖に触れる操作で扱えるジャケットです。日本国内の数十社が関わったとされるこのプロジェクトに、八王子の一工房が素材開発の一角を占めていたことになります。

東京都の広報媒体「広報東京都」は、澤井伸氏の「伝統工芸は同じ物を作り続けていればよいものではなく、常に変化していかなければならない」という考え方を紹介しています。この理念のもとで開発したウールストールが、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のコレクションに選定されたともいいます。


奄美、桑の葉染め、実験工房 —— 広がる異分野連携

Googleとの協業は、澤井織物工場にとって特別な一度きりの出来事ではなく、異分野連携という姿勢そのものの一例だったようです。近年の澤井織物工場は、他産地・異業種との連携を積極的に進めています。

たとえば奄美大島の伝統的な織物とのコラボレーションでは、多摩織を織る際に余った経糸(たていと)を活用し、新たな織物を作るアップサイクルの試みを行っています。また、蚕(かいこ)が食べる桑の葉を使い、澤井織物で織ったシルク生地を桑の葉染めで染めるという、養蚕地としての八王子の資源を活かした事業も展開しているといいます。

原料調達・加工の面でも、産地を越えたネットワークが広がっています。京都・滋賀・愛知(有松絞り産地)・新潟・山形・徳島といった他産地との連携に加え、北海道士別市のサフォークウールの使用や、岩手県での紡績委託まで及びます。敷地内には複数の建物と新設のビニールハウス染め場があり、あらゆる規格の織物・染物を試すことができる「ラボ」のような製造体制を築いているといいます。

一つの工房が、伝統的な多摩織の技術を軸にしながら、素材・産地・分野の境界を次々と越えていく——その広がりの起点にも、澤井伸氏自身の「変化し続ける」という理念が見えてきます。


東京マイスターから名誉都民へ、そして次世代へ

こうした活動の積み重ねは、ここ十年ほどの間に、東京都・国からの相次ぐ顕彰という形で結実していきます。平成28年(2016年)には「東京マイスター」(東京都優秀技能者知事賞)に認定され、平成30年(2018年)には「現代の名工」として厚生労働大臣表彰を受けました。令和3年(2021年)には黄綬褒章を受章しています。

そして令和6年(2024年)、澤井伸氏は東京都名誉都民候補として選定され、都議会の同意を経て顕彰されました。東京都公式資料によれば、選定時点(令和6年10月1日現在)で74歳、八王子市在住、肩書は「織布工(多摩織)伝統工芸士」と記されています。名誉都民は東京都の顕彰制度の中でも最も格式の高いものの一つで、これまでの受賞者は俳優・文化人・学術関係者など各界の著名人が中心とされてきました。一伝統工芸士がこの顕彰を受けたこと自体が、多摩織という工芸の技術的到達点を東京都が公式に認めた出来事だといえます。

顕彰の先には、次世代への継承という課題も見えています。日立ソリューションズのインタビューによれば、澤井織物工場では長女(被服系学科卒業)が生産管理を担当しており、家業を継承する意向を持っているといいます。スタッフには多摩美術大学・武蔵野美術大学のテキスタイル専攻卒業生を含む若手も加わり、現在のスタッフ規模は9人程度、大多数が女性だといいます。

9,000台から758台、そして9軒へ——数字の上では縮小を続けてきた産地の中で、一工房が伝統と変化を両立させながら次の世代へとバトンを渡そうとしている。それが、令和の多摩織が立っている現在地です。


まとめ

戦後の最盛期に9,000台以上あった八王子の力織機は、平成10年に758台まで減り、多摩織の技術を継ぐ工房は令和の現在およそ9軒にまで絞られています。その一つ、澤井織物工場の澤井伸氏は、江戸期以来の家業を守りながら、Googleとの協業や異分野連携を通じて「伝統工芸は変化し続けなければならない」という理念を体現してきました。2024年の東京都名誉都民顕彰は、その歩みに対する一つの到達点であり、同時に長女や若手スタッフへの継承という次の物語の始まりでもあります。


この連載の他の記事

連載「桑都の織物史」は、桑都・八王子の織物産業500年の歩みを時代ごとに辿るシリーズです。


参考文献

東京都産業労働局「多摩織」 / 八王子織物工業組合公式サイト「伝統的工芸品 多摩織」「組合について」 / 日立ソリューションズ「挑む人 第7回 伝統工芸士(多摩織)澤井伸」 / 多摩未来協創会議「第2回 八王子繊維産業の歴史と現在」 / 東京都「澤井織物が示す多摩織の技術と進化、境界を超えるものづくり」 / 東京手仕事「有限会社澤井織物工場」 / つくるのいえ「澤井織物工場 独自の革新を続ける伝統工芸士がいる織物工場」 / Fragments「服をデジタルデバイスに! Googleと『Levi’s』による最先端プロジェクト『Project Jacquard』に採用された日本の伝統技術とは?」 / ITmedia NEWS「リーバイス、Googleと開発中のスマホ操作デニムジャケットを来春発売へ」 / 広報東京都「江戸から伝わる匠の技 東京の伝統工芸」 / 東京都「令和6年度名誉都民候補者 澤井伸(さわいしん)氏」「東京都名誉都民候補者の選定について」 / 東京都生活文化スポーツ局「名誉都民」

この記事は連載「桑都の織物史」第16話です (全19話・更新中)

マイナンバーカードで何が変わったか —— 行政手続きの実際

暮らしと法律 · 6分

読む

Support

この記事が面白かったら、書き手の活動を応援していただけると励みになります。

※ Stripe決済(合同会社月香が運営)で安全にお支払いいただけます

カヅキ

カヅキ

桑都手帖 編集者

ものづくりや意匠設計を学んだ経験をもとに、八王子の風土・歴史・伝統工芸を現代につなぐ記事を書いています。暮らしの手続きについても、調べたことをそのまま書き留めています。