八王子古本まつり、35回目の秋 —— 焼け野原から生まれた「本の道」で、なぜ17年も古書市は続くのか
JR八王子駅北口のユーロードで開催中の第35回八王子古本まつり。2009年の開始から17年続くこの催しと、通り自体が戦災復興から歩行者専用化を経てきた歴史を重ねて読む。

この記事の目次
JR八王子駅北口のユーロードに、本の匂いが立ちこめる五日間が始まりました。2026年10月9日から13日まで、市内外から集まった23の古書店が、ふだんは洋服店やカフェが並ぶ歩行者専用の通りに次々とブースを広げています。この「八王子古本まつり」は今年で35回目を数えます。春と秋、年2回のペースでここまで続いてきたのには、通りそのものが背負ってきた歴史と無関係ではない事情があります。
商店街のアーケードの下に、古い本が何百冊、何千冊と並ぶ光景は、八王子駅前を日常的に歩く人にとってもどこか非日常です。ふだんは通勤や通学で足早に通り過ぎるだけの道が、年に二度、足を止めて本の背表紙を眺める場所に変わります。駅を出てすぐの一等地を、数日間だけ本の通りに変えるという判断は、商店街にとっても決して小さな話ではないはずです。この変化がなぜ17年も繰り返されてきたのか、まつりの中身と、舞台となった通りの来歴の両方から辿ってみます。
ユーロードに本の壁ができる五日間
西放射線ユーロードは、JR八王子駅北口から八日町方面へ伸びる歩行者専用の通りで、駅を出た人がまず目にする通りの一つです。2026年10月9日(金)から13日(火)までの5日間、10時から19時(最終日の特集コーナーは17時まで)、この通りの入口から中町公園・三崎町公園エリアにかけて、市内外から集まった古書店23店がブースを連ねています。主催は八王子古本まつり実行委員会で、問い合わせ窓口は市内の古書店「げんせん舘」が務めています。古書店が一か所の会場に集まるだけでなく、商店街の通りそのものを会場にしているところに、このまつりの特徴があります。
今回の特集テーマは「ミステリー」。絵本や生き物、歴史、音楽といったジャンル別の古書コーナーに加え、価格を抑えた「3冊100円」コーナー、チャリティ古本販売、絵本交換企画、ライブイベント「本音フェス」、キッチンカーの出店など、プログラムは多彩です。古書を安く売り買いするだけの市ではなく、音楽や飲食も合わせて楽しめる、通り全体のイベントとして組み立てられていることがうかがえます。
書店で新刊を選ぶときと、古本まつりの平台の前に立つときとでは、本を探す感覚そのものが違います。欲しい一冊を目当てに来る人もいれば、テーマ別の棚を端から眺めて、思いがけない一冊に出会うことを楽しみにしている人もいるでしょう。5日間という開催期間の長さも、一度では見切れない棚をゆっくり何度も訪れられるようにという配慮なのかもしれません。
10月11日の13時から15時には、著者・杉浦貢氏によるサイン会も会場で開かれています。杉浦氏は障害者就労支援の活動を続けながら、清水工房の出版事業部門「揺籃社」とAmazonのオンデマンド出版サービスを通じてエッセー『障害者って、どこにいますか?』を刊行した人物です。大規模な印刷・流通に乗らなくても本を一冊の形にできる仕組みを使った著者が、古書と新刊が入り混じるこの通りで読者と直接顔を合わせる場を持つこと自体、今の本との付き合い方の一断面を示しています。長く読まれてきた古書と、ごく最近の形で生まれた一冊が同じ通りに並ぶというのも、このまつりらしい光景です。
2009年、「古くて新しい」まつりはどう始まったか
この古本まつりが初めて開かれたのは、2026年から数えて17年前、2009年10月のことでした。合言葉は「新しいものも古いものもいい!」。八王子という街が、城下町・宿場町・学園都市としての古い歴史と、商業都市としての新しい顔を同時に持っている点に着目し、本を通じてその両面を伝えようという企画でした。古いものと新しいものを対立させず、両方をまちの魅力として並べて見せようという発想が、まつりの出発点にあります。
まつりのシンボルマークには、金色の王冠が選ばれています。八王子という市名の由来のひとつとされる「8人の王子がいた」という伝承にちなみ、王冠の頂には8色の宝石があしらわれました。それぞれの宝石の光が、街の多様な魅力を一つずつ表しているといいます。運営の実行委員長は、古書店「げんせん舘」の店主・坂田マサコ氏が務め、八王子駅北口商店街と連携しながら、17年にわたって企画と運営を重ねてきました。
坂田氏は、市民グループ「虔十の会」の代表も兼ねています。「八王子は多様性にあふれた街でいてほしい」という思いのもとに、商店街と手を組んで古本まつりを続けてきたと紹介されています。一つの古書店の店主が実行委員長を担い、商店街というまちの単位、そして市民グループという地域の人の輪とも結びついて続けてきたという体制自体が、このまつりが17年にわたって地域に根を張ってきた理由の一つといえそうです。
焼け野原から「本の道」へ —— ユーロードそのものの歴史
古本まつりの舞台となっているユーロードは、もともと何もない場所に生まれた通りではありません。昭和20年(1945年)の空襲で焼け野原となった八王子市街地を立て直すため、戦災復興計画にもとづく区画整理事業が昭和23年(1948年)から昭和34年(1959年)にかけて進められ、その中でJR八王子駅と、かつて商業の中心地だった八日町地区を結ぶ通りとして新たに整備されたのが、この道でした。江戸時代から続く町人地だった八日町と、新しく整備された駅とを一本の道で結び直す作業は、焼け野原になった街にとって、単なる道路工事以上の意味を持っていたと考えられます。焼け跡の整理から生まれた道だという経緯を知ると、古書店が軒を連ねる今の賑わいは、同じ場所がまったく違う姿から立ち直ってきた先に生まれたものだと分かります。
通りの姿はその後も変わり続けます。昭和58年(1983年)から昭和61年(1986年)にかけて「買物公園道路化」が進められ、昭和59年(1984年)には歩行者・自転車専用の道路に切り替わりました。車の通行をなくし、歩いて買い物を楽しめる道に変えるという当時としては大きな決断が、今の古本まつりのような歩行者イベントを開きやすい土台になっています。
さらに昭和53年(1978年)から平成10年(1998年)にかけては屋外ギャラリーとして活用する「オープンギャラリー化」が進み、平成30年(2018年)から令和2年(2020年)には美装化の整備も行われています。半世紀近くの間、少しずつ手を入れられ続けてきたことになります。
全長約500メートル、八王子駅北口から放射状に伸びる3本の通り(放射線通り)のうち、全線が歩行者専用となっているのはこのユーロードだけです。終着駅に直結する歩行者専用の幹線道路という構造自体が全国的にも珍しく、車を気にせずに通りの両側へブースを広げられる環境が、年に二度、商店街の営業を続けながら本の市を開くという運用を可能にしている背景だといえます。もし車道のままだったなら、23店もの古書店が通りの両側に並ぶ今のような光景は、おそらく実現していなかったでしょう。
17年で35回、根付いた古書文化
ゆっくりと、しかし確実に、古本まつりの規模は育ってきました。2019年5月に開かれた第20回では、地元の「まつおか書房」をはじめ市内外の古書店約20店がブースを構えたと報じられています。そこから約7年、15回を重ねた2026年10月の第35回では、出店数が23店まで増えました。一つの通りで年2回のペースを守りながら、出店する古書店の数を少しずつ伸ばしてきたことになります。
まつりはイベントとしての賑わいだけでなく、地域への還元も続けています。会場で行われるチャリティ古本販売の売上は、八王子市社会福祉協議会に寄付される仕組みになっています。本を安く売り買いする場であることにとどまらず、売上の一部が地域の福祉活動へ回る導線が組み込まれている点は、単なる商業イベントとは一線を画す特徴です。寄付された古本を提供する側にとっても、ただ処分するのではなく誰かの役に立てられるという納得感があるからこそ、本の寄付が続いているのだと考えられます。
同じ名前の古本まつりは京王相模原線・南大沢駅前でも別に年2回開かれており、ユーロードでの開催と合わせると、八王子市内では年4回、古書店が通りに集まる機会があることになります。駅前の商店街という、本来は古書店が単独で出店するには難しい一等地に、まつりという形を取ることで定期的に古書文化が根を張ってきたことがうかがえます。
毎回変わる特集テーマも、まつりを一度きりの企画で終わらせない工夫の一つです。2019年の第20回には「カミサマ」、2026年の第35回には「ミステリー」というように、回ごとに違う切り口で古書コーナーが組まれることで、同じ通り・同じ形式のイベントであっても、来場者が毎回新しい発見を期待できる仕組みになっています。テーマ別の棚を目当てに通うリピーターがいるとすれば、この工夫も17年続いてきた理由の一端を担っているのかもしれません。
まとめ
焼け野原の復興のために引かれた一本の道が、買物公園になり、屋外ギャラリーになり、やがて年に二度、古書が並ぶ「本の道」になる。ユーロードの歩みと、2009年から17年続く古本まつりの歩みは、別々の物語のようでいて、実は同じ通りの上で重なり合っています。17年という年月は、通りの歴史からすればまだ一部分にすぎませんが、古書店の店主一人が始めた企画が、商店街や市民グループを巻き込みながら35回まで重ねられてきたことは、それ自体が小さな歴史といえそうです。次に八王子駅北口を歩くとき、足もとのアーケードがどんな時代を経てきたか、ふと思い出してみてもよいかもしれません。
参考文献
みんなの経済新聞ネットワーク「35回目の「八王子古本まつり」開催へ 「ミステリー」を特集」 / ごぐちねっと「【八王子市】秋のユーロードが本の道に。「第35回 八王子古本まつり」を10月9日(金)から開催!今回のテーマは「ミステリー」」 / 八王子古本まつり公式サイト「八王子古本まつりとは」 / 八王子経済新聞「八王子で20回目の「古本まつり」 テーマは「カミサマ」」 / 日本デザイン学会研究発表大会概要集「八王子駅北口西放射線通りユーロードおよび隣接街区公園の現状と課題」
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