多摩織とは —— 八王子が誇る国の伝統的工芸品
国の伝統的工芸品「多摩織」の定義・五品種(お召・風通・紬・綟り・変り綴)・専門分業制・歴史と現代の課題を分かりやすく紹介する。

この記事の目次
東京都八王子市周辺は、古くから織物の街として栄えてきました。その歴史と伝統を今に伝えるのが、国の伝統的工芸品にも指定されている「多摩織(たまおり)」です。この記事では、多摩織の定義や歴史、個性の異なる五つの品種、そして職人たちの分業体制から現代における新たな試みまで、その魅力を分かりやすくご紹介します。
多摩織とは何か
多摩織とは、東京都八王子市およびあきる野市周辺で作られている絹織物の総称です。この地域は古くから織物産業が盛んで、八王子で培われた高度な織物技術の集大成として、1980年(昭和55年)3月3日に当時の通商産業省(現在の経済産業省)から国の伝統的工芸品に指定されました。
多摩織の最大の特徴は、絹糸が持つ自然な光沢としなやかさを活かした、渋みのある粋な風合いにあります。持ってみると非常に軽くて暖かく、しわになりにくいため、着崩れしにくいという実用的な美しさを備えています。
この独特の風合いを生み出す背景には、八王子ならではの地勢と風土があります。八王子盆地を流れる浅川(多摩川水系の一級河川)は、清らかな伏流水をもたらし、織物の染色工程に欠かせない豊かな水源となりました。また、浅川の周辺は適度な湿度が保たれる地理的な特徴があり、乾燥に弱い絹糸の糸切れを防ぎながら強い撚り(より)をかける「撚糸(ねんし)」の作業に最適な環境でした。かつては浅川の水流を動力とした水車が回り、撚糸の機械化を支えた歴史もあります。八王子の豊かな自然と水が、多摩織の優れた品質を育んできたのです。
個性豊かな五つの品種
多摩織は、特定のひとつの織り方を指す言葉ではありません。実は、それぞれ異なる技法と特徴を持った「五つの品種」が統合されて一つの伝統的工芸品として指定されています。同じ産地でこれほど多様な織り方が継承されている例は全国的にも珍しく、多摩織の奥深さを象徴しています。
一、お召(おめし)
「御召織(おめしおり)」とも呼ばれます。糸に強い撚りをかけた「強撚糸(きょうねんし)」をあらかじめ染めてから織り上げる先染めの織物です。織り上げた後に温水で揉みほぐすことで、糸の撚りが戻ろうとする力が働き、表面に「シボ」と呼ばれる微細な凹凸が現れます。このシボによって生地が肌に張り付かず、さらりとした着心地が得られます。
コシがあってしわになりにくく、かつては徳川将軍をはじめとする武家や貴族の衣服(御召し物)として重宝されました。現代でも、格調高いおしゃれ着として広く愛されています。
二、風通(ふうつう)
「風通織(ふうつうおり)」は、表と裏の二重構造で織られる特殊な織物です。表と裏で糸の色を変えて織り分けることで、表の模様が裏では反対の色となって現れます。生地と生地の間に袋状の空間ができるため、「風が通る」という意味からその名がついたと言われています。二重に織られているため肉厚に見えますが、内部の空気の層のおかげで非常に軽く、ふんわりとした柔らかい手触りが魅力です。着物や帯のほか、羽織やコートなどにも仕立てられます。
三、紬(つむぎ)
「紬織(つむぎおり)」は、真綿(絹の原料)から手作業で紡ぎ出した「紬糸」を用いて織られます。生糸のような均一な光沢とは異なり、糸の太さに自然なばらつきがあるため、表面に小さな節目(ネップ)ができ、素朴で温かみのある風合いに仕上がります。非常に丈夫で摩擦に強く、着るほどに体になじみ、保温性にも優れています。古くは日常の普段着として親しまれ、現代ではカジュアルな街歩きや趣味の集まりといった場面で人気の高いおしゃれ着です。
四、綟り(もじり)
「綟り織(もじりおり)」は、隣り合う経糸(たていと)を互いに絡ませながら、緯糸(ぬきいと)を打ち込んでいく技法です。糸が絡み合うことで生地の間に網の目の隙間ができ、レースのような美しい透け感が生まれます。抜群の通気性と軽やかさを誇り、主に夏の着物(紗や絽など)に用いられてきました。現在では、その涼しげな素材感を活かして、夏用の肩掛け(ストール)や首巻き(マフラー)などにも応用されています。
五、変り綴(かわりつづれ)
「変り綴(かわりつづれ)」は、伝統的な「綴織(つづれおり)」の技法を応用した平織りの変化組織です。複数の色糸を部分的に折り返しながら織り進めることで、絵の具で描いたような複雑で繊細な模様を表現します。極めて高い技術と時間が必要とされるため、帯の柄部分や、華やかな美術工芸品など、高い意匠性を求められる特別な製品に用いられます。
桑の都「八王子」と多摩織の歩み
多摩織の歴史は、八王子という土地の発展と深く結びついています。八王子は古くから養蚕や製糸が盛んで、別名「桑の都(桑都 — そうと)」と称されてきました。
その起源は平安時代にまで遡ると言われており、戦国時代にはこの地を治めた北条氏の庇護のもと、城下で織物の市が開かれました。江戸時代に入ると、甲州街道の宿場町として八王子の街は整備され、定期的に「縞市(しまいち)」と呼ばれる織物の取引市が立つようになります。八王子は周辺地域で生産された織物や生糸の集散地となり、江戸や横浜へと運ぶ物流の要所として大いに栄えました。
明治時代になると、西欧から近代的な織機や化学染料が導入され、産業の近代化が進みます。1887年(明治20年)には「八王子織物染色講習所」が設立され、浅川の水質に基づいた科学的な染色技術の研究が進められました。これにより、一時は海外から導入された合成染料の扱いミスで失墜しかけた八王子織物の信頼を取り戻すことに成功しました。
昭和に入り、戦後の混乱を乗り越え、1958年(昭和33年)に「八王子織物工業組合」が設立され、地場産業としての体制が整えられました。そして、歴史の中で受け継がれてきた五つの代表的な技法をまとめ、1980年(昭和55年)に「多摩織」として国の伝統的工芸品指定を受けるに至ったのです。
高度な職人技を結ぶ「専門分業制」
多摩織が今日まで優れた品質を保ち続けてこられた理由は、古くから確立されてきた「専門分業制」にあります。
一枚の織物が出来上がるまでには、多くの専門的な工程があり、それぞれの工程を独立した専門の職人や工房が担っています。主な工程は以下の通りです。
- 意匠紋紙(いしょうもんし):織物の柄を設計し、織機が動くための型(データ)を作ります。
- 糸染(いとぞめ):生糸を設計された色通りに美しく染め上げます。
- 糊付(のりつけ):糸の滑りを良くし、織る際のはためきによる糸切れを防ぎます。
- 整経(せいけい):必要な本数のたて糸を均一の強さで揃えます。
- 撚糸(ねんし):お召のシボを出すため、糸を強くねじり合わせます。
- 絣(かすり)・捺染(なっせん):模様を表現するために糸の一部を染め分けたり、布に染めたりします。
- 機拵(はたこしらえ):織機に何千本ものたて糸を一本ずつ手作業で通してセットします。
- 製織(せいしょく):職人が織機を使って実際に織り上げます。
- 整理加工:織り上がった布地を検査し、湯に通して風合いを整え、仕上げます。
このように、それぞれの分野を極めた職人たちの手から手へと糸が渡り、一本の織物へと結実します。この分業体制こそが、多摩織の多様で高品質なモノづくりを支える基盤なのです。
現在の多摩織とこれからの課題
今日、多摩織は大きな転換期を迎えています。
最大の課題は、職人の高齢化と後継者不足です。「伝統工芸士」などの資格を得るには、十二年以上の実務経験が必要とされ、若手が技術を習得して自立するまでのハードルは低くありません。さらに、専門分業制で成り立っているため、いずれか一つの工程を担う職人が廃業してしまうと、全ての生産ラインが止まってしまうという深刻な危機を抱えています。
この状況に対して、八王子織物工業組合(東京都八王子市八幡町)を中心に、技術の保存や新たな担い手の育成に向けた取り組みが進められています。
また、着物を着る機会が減った現代のライフスタイルに合わせ、多摩織の軽くて丈夫なしわになりにくい特性を活かした「洋装製品」の開発も活発です。現代の衣服に合わせやすい絹のネクタイや、綟り織の透け感を活かした夏用マフラー、ふわりとした風合いの風通織の肩掛けなどは、その機能性の高さと美しさから注目を集めています。地元の資源(桑の葉茶の副産物など)を染料に活用した新たな染めへの挑戦や、現代的な図案を取り入れる試みなど、伝統の技を守りながらも次の世代へと繋ぐための革新的なアプローチが続けられています。
まとめ
平安の昔から「桑の都」として栄え、浅川の清らかな水と豊かな風土に育まれてきた八王子の織物産業。その粋な精神と高度な技法を受け継ぐ多摩織は、単なる過去の遺産ではなく、現代の暮らしに調和する形へと進化を続けています。
職人たちが誇りを持って紡いできた五つの品種は、手に取る人に確かな温もりと美しさを与えてくれます。八王子が誇る伝統的工芸品である多摩織の魅力を、日々の装いの中に取り入れてみてはいかがでしょうか。
参考文献
八王子織物工業組合「歴史・伝統」 / 経済産業省「伝統的工芸品」 / 八王子市ホームページ「八王子の歴史と文化」
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