桑都の織物史
-
第1話
多摩織とは —— 八王子が誇る国の伝統的工芸品
国の伝統的工芸品「多摩織」の定義・五品種(お召・風通・紬・綟り・変り綴)・専門分業制・歴史と現代の課題を分かりやすく紹介する。
-
第2話
甲州街道シルクロード —— 八王子産絹の流通地政学
八王子から横浜港まで約40km。幕末、生糸を背負った商人たちが歩いた「絹の道」の全貌を、鑓水商人のビジネスモデルと流通構造から読み解く。
-
第3話
八王子城落城 —— 城下町の終焉と「桑都」の始まり
天正18年6月23日、前田利家・上杉景勝の軍勢によって八王子城は落城した。北条氏照が築いた関東最大級の山城の最期と、そこから「桑都」八王子が生まれるまでの転換を…
-
第4話
浅川が育てた桑都の織物 — 川と湿度が紡いだ八王子織物の歴史
八王子を流れる浅川の扇状地・伏流水・湿度が、なぜ撚糸や織物産業に最適な環境を生んだのか。地形と産業の因果関係から八王子織物の歴史をひもとく。
-
第5話
桑都の養蚕 —— 蚕種製造と八王子の「種屋」たち
八王子が「桑都」と呼ばれた理由の根幹にあるのが養蚕業。桑の栽培から蚕の飼育、繭の収穫、そして蚕種(蚕の卵)を専門に製造した「種屋」の存在まで。織物の原点となった…
-
第6話
なぜ八王子は「桑都(そうと)」と呼ばれるのか —— 絹が紡いだ歴史と現在の姿
八王子が「桑都」と呼ばれた由来を、地形・養蚕・織物産業の歴史から解き明かす。西行法師の伝説、縞市の繁栄、絹の道と鑓水商人、そして現在の学園都市への変遷まで。
-
第7話
アニリンの衝撃 — 明治の合成染料導入と八王子織物の信用失墜
1856年に発明された合成染料アニリンは、八王子織物にどんな危機をもたらしたのか。市場からの締め出し、五品共進会での惨敗、そして染色講習所設立による復活までを一…
-
第8話
八王子花街と織物景気 —— 中町検番が映した産業の盛衰
八王子・中町の花街と見番の歴史は、織物産業の好況と不況をそのまま映す鏡でした。大正の生産日本一から化学繊維の普及による衰退までを辿ります。
-
第9話
桑の木が消えた日 —— 養蚕衰退と八王子の都市化
「桑都」の名の由来である養蚕業は、なぜ八王子の風景から姿を消したのか。昭和恐慌、戦時統制、空襲、そして高度経済成長期の都市化という4つの波と、都内唯一の養蚕農家…
-
第10話
八王子銘仙とモダン文化 —— 女学生を熱狂させた絹織物の光と影
大正〜昭和初期、全国の女学生を熱狂させた絹織物「銘仙」。男物中心だった八王子の産地が、なぜ婦人ものへ転換し、独自の「カピタン織り」で一時代を築き、そして姿を消し…
-
第11話
ガチャ万景気とネクタイ産業 —— 戦後八王子織物の絶頂と転換
昭和20年(1945年)8月2日、八王子空襲で市街地の9割が焼け野原になりました。それからわずか数年後、この街では「ガチャンと機を織れば万の金がもうかる」という…
-
第12話
関東大震災と八王子織物 —— 洋装化の衝撃とネクタイ生地事始め
全国一位の絹織物産地だった大正期の八王子が、関東大震災と洋装化の波をくぐり抜けてネクタイ生地の生産に踏み出すまでを、一次資料から辿ります。
-
第13話
紋ウール —— 戦後八王子織物、もうひとつの最大ヒットはなぜ生まれたか
「ガチャ万」のネクタイと並び立った戦後八王子織物のもう一つの主力商品「紋ウール」。誕生から全国ヒット、そして現在への継承までを一次資料で辿ります。
-
第14話
八王子織物と戦時統制経済 —— 企業整備令で供出された織機、空襲を越えた復興資金
関東大震災後のネクタイ試作から戦後のガチャ万景気まで、既刊のどの回でも扱っていない空白の約30年間があります。統制経済への移行、企業整備令による織機供出、八王子…
-
第15話
力織機の導入と八王子織物の近代化 —— 大正の電化が変えた産地のかたち
大正3年の第一次世界大戦好景気を境に、八王子の機業家は農村から市街地へと移り住み、産地は工場制生産へと姿を変えました。力織機の統計、市制施行、そして90年に及ぶ…
-
第16話
多摩織の現在地 —— 名誉都民・澤井伸と、伝統工芸とテクノロジーの接続
産地全体でおよそ9軒にまで絞られた多摩織の工房。そのひとつ、澤井織物工場がGoogleとの協業や異分野連携を重ね、2024年には当代の澤井伸氏が東京都名誉都民に…
-
第17話
多摩織の現在地 —— 名誉都民・澤井伸と、伝統工芸とテクノロジーの接続
令和6年に東京都名誉都民に選ばれた多摩織の伝統工芸士・澤井伸氏。養蚕農家から続く機屋が、Googleのプロジェクトに参画し、産地の縮小の中で他産地との連携を広げ…
-
第18話
八王子織物とジャカード織機 —— 紋織物を可能にした技術革新と多摩結城の誕生
複雑な柄を自動で織り出すジャカード織機は、どのような経緯で八王子に伝わったのか。明治20年の組合記録から、昭和4年の「多摩結城」誕生までをたどります。
-
第19話
大正の八王子織物、女性が男性を数で上回った年 —— 「女工哀史」のイメージと、史料が語る数字のあいだ
大正5年から12年のあいだに八王子織物業の従業員で女性が男性の数を上回ったという統計の事実と、「女工哀史」のイメージが八王子にそのまま当てはまるとは言えないとい…