本文へスキップ
あと8分 購読

工芸とデジタル · 公開: 2026.10.25 · 8分で読めます

AI傾聴窓口「はちココ」—— 孤独・孤立対策推進法下、都内自治体初の生成AI相談窓口はどうなったか

八王子市が2025年に試した都内自治体初の生成AI相談窓口「はちココ」。何のために始まり、3か月の実証実験を終えた今どうなっているのかを整理します。

木の机でノートパソコンのキーボードを打つ手元

2025年2月、八王子市は生成AIが相談者の話を聴く窓口「はちココ」を試験的に開設しました。都内自治体では初めての試みで、窓口に来られない人の孤独・孤立をどう支えるかという課題に対する一つの答えでした。3か月の実証実験はすでに終わっています。何のために始まり、どんな仕組みで動き、終了後どうなったのかを順に見ていきます。

連載「市役所とデジタル」第14回|この連載をまとめて読む


孤独・孤立対策推進法と「窓口に来られない人」という課題

「はちココ」が生まれた背景には、国レベルの法制度の変化があります。孤独・孤立対策推進法は令和5年(2023年)6月7日に公布され、令和6年(2024年)4月1日に施行されました。この法律により、国と自治体は孤独・孤立を感じる当事者の状況に応じた施策を策定・実施することが求められるようになり、あわせて自治体には「孤独・孤立対策地域協議会」の設置という課題も生まれました。相談窓口の有無だけでなく、福祉・医療・地域団体が情報を持ち寄って当事者を支える体制づくりそのものが、各自治体に求められるようになったということです。

八王子市の福祉部にとって、この宿題には特有の難しさがありました。相談窓口を用意しても、そこに自分から足を運べる人ばかりではないという事実です。初宿和夫市長(令和6年=2024年1月29日就任、第32代八王子市長)は「はちココ」開設にあたり、「窓口に来ることができず、潜在的な悩みを抱える孤独・孤立状態にある方々とのつながりにくさが新たな課題」と説明しています。

この言葉が示すのは、相談窓口の「量」を増やすだけでは解決しない問題があるということです。物理的に来庁できない事情を抱える人、人と顔を合わせて話すこと自体にハードルを感じる人に、どう接触するか。加えて、福祉・介護人材の不足により相談窓口の担当者そのものが足りないという現実もあり、限られた人員で効率的に施策を展開する必要性も背景にありました。生成AIという選択肢が浮かんだのは、この二つの制約——物理的に来られない層への接触と、人手不足のなかでの対応——を同時に見据えてのことです。


「はちココ」実証実験の仕組み — 匿名・24時間・費用負担なしの連携

「はちココ」の実証実験は、令和7年(2025年)2月3日から4月30日までの約3か月間、八王子市福祉部が実施しました。運営は東京都渋谷区の株式会社ZIAI(代表・櫻井昌佳、設立2023年4月)との連携により行われ、市側の費用負担はありませんでした。市が独自にシステムを開発したのではなく、既にサービスを持つ事業者と組む形でスピーディに実証へこぎつけた格好です。

利用できたのは、年齢や相談内容を問わない八王子市民全般です。アクセス方法は、八王子市ホームページから、あるいは市内13か所の「はちまるサポート」「若者総合相談センター」など福祉関連の相談窓口に掲示されたチラシの二次元コードから、という二通りが用意されていました。スマートフォンやパソコンがあれば24時間365日、匿名のまま利用できる設計です。対面相談に伴う心理的なハードルと、相談できる時間が窓口の開庁時間に限られてしまう「空白時間」の両方を、同時に解消しようとした仕組みだと言えます。

サービス名の「はちココ」には、「はち」=八王子市、「コ」=Communication(あなたの話を聞きます)、「コ」=Connection(あなたとつながります)という意味が込められています。実証実験は予定どおり令和7年4月30日に終了し、市公式ページのタイトルには現在「【※実証実験終了しました】」と明記されています。


「傾聴AI」という技術 — 自殺対策研究から生まれ、他自治体にも広がる

「はちココ」を支えた「傾聴AIアルゴリズム」は、相談者の発言を傾聴・共感する対話を生成AIで実現する技術です。具体的なAIモデル名や技術仕様の詳細は公開資料からは確認できませんが、開発元の成り立ちには注目すべき経緯があります。

運営元の株式会社ZIAIは、もともと令和2年(2020年)に自殺対策を目的とした非営利のAI研究団体として発足しました。生成AIを用いた自殺予防・相談支援の研究を重ねてきたこの組織が、令和5年(2023年)4月に株式会社としてスピンアウトする形で設立されたのがZIAIです。福祉相談という一般的な事業として始まったのではなく、自殺対策という切迫した課題への取り組みが土台にある点が特徴です。

ZIAIは八王子市での実証に続き、令和7年(2025年)8月18日から11月17日にかけて、愛知県豊田市と連携した「傾聴AIによるこころの健康相談」の実証実験も実施しました。豊田市の事例は「こころの健康に不安を覚える人々」全般を対象としつつ、特に若年層の自殺対策に重点を置いており、9月10日から16日の「自殺予防週間」に合わせて集中的な周知が行われています。日本の自殺者数は年間2万人を超えG7中最も高い水準にあること、令和6年(2024年)の小中高生の自殺者数が529人と過去最多を記録したことが、こうした取り組みの背景として指摘されています。

ZIAI社の発表によれば、同社の傾聴AIを導入した複数の自治体を通算すると、寄せられた相談は延べ10,000件以上、平均満足度は82.5%とされています。別の効果検証として、日本語版PANAS(感情尺度)を用いた157名の利用者調査では、「いらだち」28.0%・「苦悩」19.9%・「心配」17.8%の改善率が示され、3項目平均で「ネガティブ感情が21.5%減少した」とも説明されています。ただし、これらはいずれも事業者自身が発表した数値であり、八王子市単独の件数や、PANAS調査がどの自治体の利用者を対象にしたものかは公開資料から特定できません。市や第三者機関による独立した検証結果ではない点には留意が必要です。

もう一つ注意したいのが、「初」という言葉の指す範囲です。「都内自治体初」という評価は、八王子市公式ページとPR TIMESのプレスリリース双方に明記されており、八王子市側の公式見解として確認できる事実です。一方、豊田市の取り組みは報道の見出しで「全国初の試み」と表現されていますが、これは「傾聴AIによるこころの健康相談」という名称・対象(若年層の自殺対策)における「初」であり、八王子市の「はちココ」(孤独・孤立全般を対象とした都内自治体初の取り組み)とは対象も文脈も異なります。似た言葉が並んでいても、二つの「初」を同じものとして混同しないよう注意が必要です。


実証実験のその後 — 検証の行方と、対面型の別の居場所「ことこプロジェクト」

実証実験を終えるにあたり、初宿市長は「孤立していた人が一人でも救われたのであれば効果があったと評価したい」とコメントしました。本格導入については、「試行期間終了後に専門家も交えた検証を経て検討することになる」と述べており、実証実験終了の時点では本格導入そのものは確定していませんでした。市公式ページや報道記事を見渡しても、その後の専門家検証の実施有無や検証結果、本格導入の可否についての続報は、現時点では確認できません。

一方で、「はちココ」終了から約2週間後の令和7年(2025年)5月15日には、別の動きがありました。八王子市はNTT東日本株式会社東京西支店・株式会社まちづくり八王子との間で、孤独・孤立対策を連携して進めるための協定を締結したのです。この協定に基づき、西放射線ユーロード内の旧矢島染物店(八王子市中町8-4)を拠点とする「ことこプロジェクトベース」がオープンしました。営業時間は火曜から金曜の10時から16時(祝日除く)、参加費は無料で、ワークショップやeスポーツ、脳健康測定会などを開催する対面型の居場所づくりの取り組みです。同拠点では臨床心理士によるカウンセリングも実施されており(火曜から木曜の16時から19時、料金6,000円/50分)、問い合わせ先は八王子市社会福祉協議会・NPO法人ゆどうふとなっています。

ここで押さえておきたいのは、「はちココ」と「ことこプロジェクト」は同一の事業ではないという点です。「ことこプロジェクト」の公式ページ本文には「はちココ」への直接の言及はなく、両者が運営上どのように接続しているのか——たとえば「はちココ」での相談からことこプロジェクトベースへの誘導導線があるのかどうか——は、公開されている情報からは確認できません。孤独・孤立対策という同じ政策課題に対し、「オンライン・AI・非対面」の「はちココ」と、「対面・人による・拠点型」のことこプロジェクトという、性格の異なる二つの取り組みが並行して進められている、という形で理解しておくのが実情に近いでしょう。


まとめ

「はちココ」は、孤独・孤立対策推進法という制度の後押しを受けて生まれた、都内自治体初の生成AI相談窓口でした。3か月の実証実験はすでに終わり、本格導入の可否はまだ公式には示されていません。その代わりに、対面型の「ことこプロジェクト」という別の選択肢が市内に生まれています。AIによる非対面の相談と、人による対面の居場所。どちらも孤独・孤立という同じ課題に向き合う手段として、今の八王子にはその両方の形があります。


この連載の他の記事

「市役所とデジタル」は、公開型GIS「はちおうじマップ」から始まった八王子市の行政デジタル化を、都市計画・防災・教育・手続き・スマホアプリなど分野ごとに追いかけている連載です。


参考文献

ぎょうせいオンライン「最新法律ウオッチング―孤独・孤立対策推進法(2024年4月1日施行)」 / タウンニュース「八王子市 悩み相談に生成AI 試行開設 都内自治体で初」 / PR TIMES「都内自治体初、八王子市が生成AI技術を活用した福祉相談窓口『はちココ』を開設」 / 八王子市公式ホームページ「AI傾聴窓口『はちココ』を開設します」「ことこプロジェクト」 / AMP「八王子市でAIによる傾聴窓口『はちココ』を試行運用開始 孤独・孤立対策の福祉相談窓口」 / note・Masa櫻井昌佳「株式会社ZIAI設立/創業背景と今後について」 / リセマム「若年層の自殺問題に挑む『傾聴AI』豊田市が全国初の試み」

この記事は連載「市役所とデジタル」第16話です (全17話・更新中)

住まいの防犯対策緊急補助金 —— 空き巣・強盗増加の今、八王子市が最大2万円を補助する仕組み

暮らしと法律 · 7分

読む

Support

この記事が面白かったら、書き手の活動を応援していただけると励みになります。

※ Stripe決済(合同会社月香が運営)で安全にお支払いいただけます

カヅキ

カヅキ

桑都手帖 編集者

ものづくりや意匠設計を学んだ経験をもとに、八王子の風土・歴史・伝統工芸を現代につなぐ記事を書いています。暮らしの手続きについても、調べたことをそのまま書き留めています。