本文へスキップ
あと8分 購読

工芸とデジタル · 公開: 2026.10.18 · 8分で読めます

八王子市の健康ポイント「てくポ」—— 16,000人が使う仕組みと、広告費で支える新しい財源モデル

スマホの歩数や脳トレの記録がそのまま「お金」に変わる八王子市の健康ポイント制度「てくポ」。令和3年の開始から16,000人超の利用、日本健康会議最優秀賞受賞、そして財源を広告費でまわす新モデルへの転換までを整理します。

古文書の和紙がデジタルの格子に変わっていく抽象イラスト

八王子市で、スマートフォンの歩数計や脳トレのスコアがそのまま「お金」に変わる仕組みが、2021年から動いています。健康ポイント制度「てくポ」は、60歳以上の市民が歩数・脳トレ・食事記録でポイントを貯め、1ポイント1円相当として店舗やPayPayポイントに交換できる制度です。2026年4月末までに16,000人超が登録し、日本健康会議の最優秀賞も受賞しましたが、その運営を支える財源の仕組みは今まさに切り替わろうとしています。使い方の基本から、その先にある課題まで順に見ていきます。

連載「市役所とデジタル」第13回|この連載をまとめて読む


てくポとは何か —— 60歳以上がスマホで貯める健康ポイント

「てくポ(八王子てくてくポイント)」は、2021年10月に正式スタートした八王子市の健康ポイント制度です。対象は市内在住の60歳以上で、スマートフォンを持っていることが前提になります。キャッチフレーズは「無理なく」「楽しく」「いつまでも」。身体活動・栄養・社会参加という3つの領域を、無理のない範囲で習慣にしてもらうことを目的とした制度です。

ポイントの貯め方は5系統あります。歩数目標の達成、脳トレゲームの目標達成、9品目の栄養バランスを記録する食事記録、イベント参加(月50ポイントが上限)、ボランティア活動(年5,000ポイントが上限)です。歩数・脳トレ・食事の3つを毎日達成し続けると、年間でおよそ2,000ポイントに達する設計で、週5日・週7日の連続達成にはそれぞれボーナスも加算されます。貯まったポイントは1ポイント1円相当として市内の協力店舗で使えるほか、PayPayポイントなど外部の決済サービスへの交換も可能で、有効期限は設定されていません。

使っているアプリ自体は、全国向けの脳トレ・健康管理アプリ「脳にいいアプリ」です。利用者はアプリ内で「ニックネーム・年代・性別・市町村」を入力し、「八王子市メニュー」から「てくポ申込」を行って、市の承認を経てポイント付与の対象になります。スマホ操作に不安がある人向けには、対面でのインストール・操作サポート窓口も案内されています。


なぜ健康ポイントなのか —— 経産省ガバメントピッチから始まった官民連携

てくポの出発点は、2020年10月27日に経済産業省関東経済産業局が主催した「自治体×ヘルスケア関連ベンチャー企業等共創プログラム」のガバメントピッチです。八王子市はこの場で「ICTで支える、withコロナ時代の介護予防」という課題を提示しました。これに対し、「脳にいいアプリ」を開発・運営する株式会社べスプラ(東京都渋谷区)が健康ポイント制度の提案を行い、採択されたのがてくポの原型です。2021年2月時点ではまだ「来年度の実施に向けた調整を進めている」段階で、同年10月の正式スタートまでにはさらに準備期間が置かれています。

てくポを所管するのは福祉部高齢者福祉課(介護予防・認知症施策担当)です。これは、電子申請やマイナンバー関連の手続きを所管する総合政策部デジタル推進課とは、組織上はっきりと系統が異なります。この連載がこれまで扱ってきた「はちおうじマップ」や「マイナアプリ統合」「マイナンバーカード更新」は、いずれも手続き・情報発信・基盤整備という文脈のデジタル化でした。てくポは、同じ「スマホを使う」仕組みでありながら、目的が手続きの効率化ではなく、住民の行動そのもの(運動習慣・社会参加)を変えようとする点で、位置づけが異なります。

べスプラとの連携は、てくポ単体にとどまりません。2022年11月18日には、日経BP「新・公民連携最前線」が、八王子市とべスプラが高齢者と健康関連商品・サービス事業者をマッチングする「ウェルネスプラットフォーム」の実証実験を行っていると報じました。利用者の健康活動データをAIで分析し、製品・サービス情報をレコメンドする仕組みで、八王子市シルバー人材センターや旭化成ホームズ、イトーヨーカ堂など複数の企業が参加企業として名を連ねていました。2023年3月31日には、東京都健康長寿医療センター研究所・八王子市と協働し、高齢者の就労・ボランティア機会を創出する「ジョブボラ」研究にも参加すると発表されています。実施期間は2023年10月から2024年12月末までで、てくポの利用者基盤が、健康増進にとどまらず高齢者の就労・社会参加支援という別分野の実証実験の土台としても活用されてきたことが分かります。


352人から16,000人超へ —— 日本健康会議最優秀賞も受賞

事業パートナーの株式会社べスプラが発信するプレスリリースによれば、てくポの参加者は2021年度の352人から、2024年度には10,000人を超え、2025年5月末時点で13,140人に達しました。これは市内60歳以上人口の約7%にあたり、開始から3年7か月でこの規模に達したとされています。アプリの継続利用率は80%以上、累計歩数は261億歩超(地球約450周分)という数字も公表されています。2026年4月末時点では参加者16,000人超、市内60歳以上人口の約12人に1人が利用している状況だとべスプラは説明しています。ただし、これらの利用者数・歩数・医療費抑制効果といった数値は、あくまで事業パートナーであるべスプラ側の発表に基づくものであり、八王子市自身が同じ数値を公式統計として公表しているかどうかは、今回確認できた市公式ページの範囲では分かりませんでした。

数字の規模だけでなく、外部評価という形でも実績が示されています。経済界・医療団体等で構成する「日本健康会議」は2024年度に「健康でいられる地域・まちづくり表彰」という制度を新設し、自治体の優れた取り組みを「官民連携」「通いの場アプリ活用」「まちづくり」の3分野で表彰しました。てくポは2024年10月30日、この「官民連携分野」で最優秀賞を受賞しています。この受賞については、八王子市の公式ページ自身も「2024年10月、日本健康会議の『健康でいられる地域・まちづくり表彰』で官民連携分野の最優秀賞を受賞」と明記しており、市の公式な見解としても確認できる事実です。同じ表彰では愛知県大府市や兵庫県西脇市なども受賞しており、てくポは同種の自治体施策の中でも最上位の評価を受けた位置づけになります。

なお、地域情報ブログ「八王子ごぐーネット」は2022年1月23日付の記事で、てくポを「全国初」の取り組みと紹介していますが、この表現は同ブログ独自の評価であり、八王子市や日本健康会議など公式資料の中に「全国初」という言及は確認できていません。本記事では、八王子市公式ページや日本健康会議の表彰制度など、確認できる公式発表の範囲にとどめて事実を扱っています。


補助金依存からの転換 —— 「まちえみ」という財源モデルの課題

利用者が16,000人を超える規模になったことで、次に問われるのは「この仕組みをどう維持していくか」という財源の話です。2026年6月1日、べスプラは「まちえみ」という新しい財源循環モデルの本格始動を発表しました。これは、市内事業者が支払う広告掲載料を、健康ポイントの原資として循環的に充当する仕組みです。シニア層に確実に情報が届くてくポアプリの特性を生かし、店舗への集客と地域経済の活性化、ポイント原資の確保を同時に実現しようという試みです。

べスプラがこの転換の背景として挙げているのは、従来の健康ポイント施策の多くが自治体の補助金や予算に依存しており、財政状況の変化によって事業の継続性が左右されるリスクを抱えていたという点です。「まちえみ」は、自治体予算のみに依存しない持続可能な健康ポイント施策の確立を目指すものと位置づけられています。公共サービスの運営コストを民間の広告費で代替しようとする、官民連携モデルの新しい形といえます。

一方で、広告を原資とする仕組みが利用者である高齢者にどのような形で表示・提示されるのか、個人情報とどこまで紐づけられるのかといった具体的な設計については、今回確認できたプレスリリースの範囲では詳しい説明がありませんでした。利用者数が増えるほど、こうした財源の仕組みそのものに対する関心も高まっていくことになりそうです。

べスプラは2026年のプレスリリースで、てくポが市の広報紙「広報はちおうじ」の表紙に取り上げられたことも紹介しています。市の広報媒体自体がてくポを市政の広報材料として扱っている一端がうかがえる事実で、健康ポイント制度が単発の実証事業ではなく、市の施策として定着してきたことを示す傍証のひとつといえます。


まとめ

てくポは、2020年の経産省ガバメントピッチをきっかけに、福祉部高齢者福祉課とべスプラの官民連携として2021年10月に始まった健康ポイント制度です。歩数・脳トレ・食事記録などでポイントを貯め、店舗やPayPayポイントに交換できる仕組みは、2026年4月末までに16,000人超、市内60歳以上人口の約12人に1人という規模に育ち、2024年には日本健康会議の最優秀賞も受賞しました。その一方で、事業を支える財源は補助金依存から、市内事業者の広告費を原資とする「まちえみ」モデルへと切り替わろうとしています。手続きのデジタル化とは違う、行動変容と財源構造という2つの論点を同時に抱えた取り組みとして、今後の運用がどう定着していくのかが注目されます。


この連載の他の記事

「市役所とデジタル」は、公開型GIS「はちおうじマップ」から始まった八王子市の行政デジタル化を、都市計画・防災・教育・手続き・スマホアプリなど分野ごとに追いかけている連載です。


参考文献

八王子市公式ホームページ「てくポ(スマートフォンを使った健康ポイント制度)」 / 八王子市公式ホームページ「てくポを始めたい方・使っている方のページ」 / 株式会社べスプラ「『脳にいいアプリ×健康ポイントサービス』で八王子市と連携」 / 株式会社べスプラ「東京都八王子市健康アプリ施策『てくポ』好調 3年7カ月で高齢者ユーザー1.3万人獲得、累計約261億歩達成」 / 株式会社べスプラ「シニアの12人に1人が利用しているアプリ-八王子市『てくポ』16,000人到達、原資持続化へ『まちえみ』本格始動」 / タウンニュース八王子版「八王子市『てくポ』で最優秀賞 アプリ活用した健康施策」 / 日経BP「新・公民連携最前線」「八王子市、高齢者向け健康アプリと関連製品・サービス事業者をマッチングする実証実験」 / 株式会社べスプラ「東京都健康長寿医療センター研究所・八王子市と協働し、高齢者の就労・ボランティアのマッチングを促進」 / 八王子ごぐーネット「65歳以上の方が対象!全国初!毎日の健康習慣をペイペイに変えられる取り組みを八王子市で導入中」

この記事は連載「市役所とデジタル」第15話です (全15話・更新中)

カスタマーハラスメント対策の義務化 —— 2026年10月施行、桑都の個人事業主は何を確認すべきか

暮らしと法律 · 8分

読む

Support

この記事が面白かったら、書き手の活動を応援していただけると励みになります。

※ Stripe決済(合同会社月香が運営)で安全にお支払いいただけます

カヅキ

カヅキ

桑都手帖 編集者

ものづくりや意匠設計を学んだ経験をもとに、八王子の風土・歴史・伝統工芸を現代につなぐ記事を書いています。暮らしの手続きについても、調べたことをそのまま書き留めています。