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地域の未来 · 公開: 2026.09.29 · 7分で読めます

小津町の午後5時29分 —— 都内で初めて「緊急銃猟」が実際に使われた日

2026年9月28日、八王子市小津町でツキノワグマが「緊急銃猟」によって駆除されました。都内で初めてのこの実施が、通報からわずか2時間で判断された経緯と、それを可能にした4月の備え、9月9日の正式決定までを追います。

新鮮な野菜が並ぶ市場の露店

2026年9月28日午後3時30分、八王子市に一本の連絡が入りました。小津町の農地に仕掛けられたわなに、ツキノワグマがかかっている——。この一報から、実際に銃猟が行われるまで、市が判断を下したのはおよそ2時間後のことでした。8月に策定されたばかりの八王子市のクマ対応マニュアルが、最初にどう使われたのか。その日に何が起きていたのかを追います。


午後3時30分、高尾警察署からの一報

事の発端は、小津町にある一枚の農地でした。イノシシやシカを捕らえるために民間団体が設置していたくくりわなに、狙っていなかったはずのツキノワグマがかかっていたのです。現場は小津町「向橋」から北西へおよそ150m、住宅も点在する農地でした。

2026年9月28日午後3時30分頃、この状況を把握した高尾警察署から八王子市へ「ツキノワグマの錯誤捕獲」の情報提供が入ります。錯誤捕獲とは、本来の対象ではない動物が誤ってわなにかかることを指す言葉で、今回はまさにその状態でした。イノシシ・シカ用に仕掛けられたわなが、結果としてツキノワグマ1頭を捕らえていたことになります。

一報を受けた市の動きは早いものでした。市はただちに対策本部を設置し、現場の状況確認を進めます。わなにかかったクマをどう扱うか、麻酔での移送か、それとも別の対応か——限られた時間のなかで、いくつもの選択肢が検討されたはずです。周辺が農地であると同時に住宅も近いという立地は、この後の判断に大きく影響していくことになります。

わなにかかった状態のクマは、興奮して暴れたり、わなが外れて逃げ出したりする危険もはらんでいます。時間が経てば経つほど、周辺の住民や通行人が予期せず現場に近づいてしまうリスクも高まります。対策本部がこの日、スピードを重視した判断を迫られた背景には、こうした「動くほど不確実性が増す」という現場特有の事情もあったと考えられます。


午後5時29分、市長が下した判断

対策本部からの報告を受け、最終的な判断を下したのは市長でした。周辺に住宅が隣接する立地であることを踏まえ、市長は緊急銃猟の実施を承認します。そして同日午後5時29分、緊急銃猟が実施され、ツキノワグマ1頭(雌)が駆除されました。通報からおよそ2時間という短い時間のなかで、状況把握から実施までが完結したことになります。

この実施の根拠となったのが、「八王子市ツキノワグマ対応マニュアル」に定められた危機レベル3の対応です。住宅地に近い場所でクマが確認された場合に、どのレベルの対応を取るかをあらかじめ段階づけておく仕組みが、ここで初めて現実の判断として機能したことになります。実施にあたっては高尾警察署が立ち合い、周辺の安全確認を担いました。結果として、けが人は一人も出ていません。

わずか2時間で「通報」から「実施」まで進んだという事実は、裏を返せば、それだけの準備が事前に整っていたことの証でもあります。マニュアルに沿って誰が何を判断し、誰が実際に銃を扱うのかが、あらかじめ決まっていなければ、この速さは実現しなかったはずです。その備えがいつ、どのように積み上げられてきたのかを、次に見ていきます。


なぜ、この日「使えた」のか —— 4月の備えと9月9日の正式決定

実は、今回の実施を支えた体制づくりは、半年近く前から始まっていました。八王子市は2026年4月1日、緊急銃猟を安全に実施できる体制を整えるため、株式会社Foresters PRO・株式会社EGO・株式会社プロテクトJという野生動物対応の専門3社と、「緊急銃猟等に関する協定」を締結していたのです。いずれも野生動物の特性や行動に関する知識と豊富な経験を持つ事業者で、市はこの協定により「市民の安全・安心な生活の確保に向けて、的確かつ安全な対応ができる体制」を整えたとしています。

つまり、マニュアルという文書ができあがるよりも前に、実際に発砲を担える専門家との連携という、より実務的な備えがすでに動き始めていたことになります。9月28日の判断の速さは、この4月の協定があってこそのものだったといえそうです。

この協定の背景には、2026年4月末から半年近く続いた出没騒動があります。2026年5月中旬からは、東京都と都猟友会の協力により、八王子・青梅・あきる野の3市と奥多摩町・日の出町・檜原村を対象にハンターによる巡回も始まっていました。さらに2026年6月9日には、環境省がクマ対策を専門に担う「クマ対策専門官」を含む計11人の専門官を東北・北海道・関東の事務所に新たに配置し、その1か月後の7月8日には石原宏高環境相が八王子市を直接視察しています。市独自の協定・都のハンター巡回・国の専門官配置と視察という、規模の異なる複数の備えが同時並行で積み重ねられてきたことが、9月28日の速やかな判断を下支えしていたと見ることができます。

一方でマニュアルそのものの歩みは、もう少しゆっくりとしたものでした。2026年8月21日、市クマ対策プロジェクトチームの第4回会議で「ツキノワグマ対応マニュアル」の素案が了承され、そこから約2週間半を経た2026年9月9日、マニュアルは正式に決定されました。都内の自治体がこうしたクマ対策マニュアルを策定するのは、これが初めてのことでした。

素案の了承から正式決定、そして最初の実施まで、わずか5週間あまり。4月に築かれた専門家との協定という土台の上に、8月・9月の制度整備が重なり、9月28日という日に初めて現実の出来事として結実した、という流れが見えてきます。


国の制度が、地域の現場に届くまで

八王子市が使った「緊急銃猟」という手段は、市が独自に生み出した制度ではありません。令和7年(2025年)法律第28号による改正鳥獣保護管理法によって、全国の市町村に新たに与えられた権限です。この改正法は2025年9月1日に施行されました。制度の骨子は、クマなどが人の日常生活圏に出没し、人の生命・身体への危害防止が緊急に必要で、銃猟以外の方法では的確・迅速な捕獲が困難な場合に、市町村長が捕獲者に銃猟を委託して実施できる、というものです。

この制度が生まれた背景には、令和5年度(2023年度)にクマによる人身被害件数が過去最多を記録したという全国的な事情があります。市街地での猟銃使用は、これまで原則として警察の対応に限られていましたが、改正後は市町村もハンターへの委託という形で担えるようになりました。

国が制度をつくり、環境省がガイドラインを整え、そして八王子市がそれを自分たちの街の実情に合わせて運用する——今回の小津町の一件は、この一連の流れが、国のレベルの制度から地域の現場まで実際に届いた最初の瞬間だったといえます。改正法の中身そのものについては、これまでも桑都手帖で取り上げてきました。より詳しい制度解説は、そちらもあわせてご覧ください。


相次ぐ出没の中で、住民にできること

今回の一件は、単発の出来事ではありません。2026年は年間を通じて、八王子市内でツキノワグマの目撃・出没が相次いだ一年でもありました。発端となったのは2026年4月29日、元八王子町二丁目の雑木林(城山小学校南側)に設置されたセンサーカメラに、ツキノワグマ1頭が撮影されたことでした。続く5月17日には上恩方町の山林で親子とみられる2頭が確認され、5月30日には観光地としても知られる八王子城跡の御主殿の滝付近でも目撃情報が報告されています。

そして2026年8月20日午後11時頃には、多くの人が訪れる高尾山の自然研究路1号路付近の山中でも、ツキノワグマが撮影されました。このときは足跡や糞などの痕跡までは確認されなかったものの、観光地としても知られる山域での出没は、多くの人の記憶に残るものでした。4月末の郊外の雑木林から始まった出没は、半年のうちに八王子城跡や高尾山周辺といった、市民や観光客が日常的に訪れる場所の近くまで及ぶようになっています。

こうした状況を受けて、市は住民や登山者に向けた注意喚起を継続しています。熊鈴や携帯ラジオを鳴らしながら歩くこと、早朝や夕方・夜間の入山をできる限り控えること、単独行動を避けることなどが呼びかけられています。万が一クマと遭遇してしまった場合は、走って逃げたり大声を出したりせず、クマに背を向けないまま、様子をうかがいながら静かに後ずさりすることが基本とされています。

目撃した場合や不安なことがあれば、八王子市の農林振興・獣害対策課(042-620-7375)が窓口です。人身被害など緊急の場合は110番・119番での通報が優先されます。小津町での出来事は、制度としての備えが実際に機能した一例であると同時に、クマとの距離がまだ縮まったままであることを示す出来事でもあります。マニュアルという行政の備えと、一人ひとりの日々の心がけの両方が、これからも並行して求められていきそうです。


まとめ

通報からわずか2時間、そして4月の協定締結から半年足らずで迎えた、都内初の緊急銃猟の実施。8月に素案が了承され、9月9日に正式決定されたばかりのマニュアルは、その3週間後には早くも現実の判断の場で試されることになりました。制度が整うことと、それが実際に機能することの間には、まだ距離があると感じられがちですが、小津町の一件はその距離が着実に縮まっていることを示しています。高尾山をはじめ出没が相次ぐ状況が続くなかで、行政の備えと住民一人ひとりの心がけの両方に、引き続き目を向けておきたいところです。


参考文献

八王子市「小津町におけるツキノワグマの緊急銃猟実施について」 / 八王子市「緊急銃猟等に関する協定の締結について」 / 八王子市「ツキノワグマについて」 / 八王子市「高尾山山中におけるツキノワグマの出没について」 / 環境省「緊急銃猟制度」 / NHKニュース「東京 八王子 畑のわなにクマ 市が緊急銃猟 都内では初めて」 / TBS NEWS DIG「東京・八王子市小津町で『クマが罠に引っかかっている』 八王子市が緊急銃猟 東京都では初」

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カヅキ

カヅキ

桑都手帖 編集者

ものづくりや意匠設計を学んだ経験をもとに、八王子の風土・歴史・伝統工芸を現代につなぐ記事を書いています。暮らしの手続きについても、調べたことをそのまま書き留めています。