実家を相続放棄するデメリットとは? 売却との比較で分かれ目を整理
実家の相続放棄で生じる撤回不可・空き家の保存義務・親族間トラブル・生命保険の非課税枠といったデメリットを、2026年時点の公的情報をもとに売却との比較で整理します。

この記事の目次
「実家を相続放棄すれば、面倒な空き家の管理や親族間の話し合いから解放される」。そう考えて相続放棄を検討する人は少なくありません。しかし結論から言うと、相続放棄には見落とされやすいデメリットがいくつもあります。一度受理されると撤回できないこと、空き家に住んでいた(または頻繁に出入りしていた)場合は放棄後も一定の管理責任が残りうること、次の相続人への通知義務がないためトラブルの火種になりやすいこと、そして生命保険金の非課税枠が使えなくなることです。
この記事では、相続放棄の手続きと期限を整理したうえで、上記のデメリットを2026年時点の公的情報(裁判所・法務省・国税庁)をもとに一つずつ確認し、実家を「相続してから売却する」という選択肢と比べたときの判断の分かれ目を整理します。個別の家庭でどちらが有利かは資産構成や相続人の関係で変わるため、最終的な判断は専門家への相談を前提に読み進めてください。
特に実家じまいの文脈では、「借金は要らないが、実家だけは何とかしたい」という相談が少なくありません。しかし後述するとおり、相続放棄は実家だけを対象にすることができず、預金や有価証券といった他の財産もまとめて手放すことになります。まずこの基本的な仕組みから確認しましょう。
相続放棄は「一部だけ」も「後からの撤回」もできない
相続放棄の最初のデメリットは、その効果が「オール・オア・ナッシング」である点です。相続放棄をすると、預金や有価証券のようなプラスの財産も、借金などのマイナスの財産も、すべて引き継がなくなります。「実家だけ手放して、預金は受け取りたい」というように、プラスの財産だけを選んで放棄することはできません。
さらに、家庭裁判所に相続放棄の申述が受理されると、原則として撤回はできません。放棄した後になって、被相続人が加入していた保険や、把握していなかった不動産などの資産が見つかったとしても、相続する側に戻ることはできない仕組みです。そのため、相続放棄を選ぶ前には、プラスの財産とマイナスの財産の両方をできる範囲で調べておくことが欠かせません。
実家についても同様です。「古い実家の維持費や解体費を負担したくないから放棄する」と決めた後で、実家の敷地に想定より高い価値があると分かったり、他の相続財産に見合う資産が見つかったりしても、放棄を取り消すことはできません。実家の資産価値に迷いがある場合は、放棄を決める前に不動産会社に概算の査定を依頼し、プラスの財産としての可能性を確認しておくことも選択肢になります。
財産調査に時間がかかりそうな場合の対応は、次の章で確認します。
相続放棄の期限と手続き、限定承認という第三の選択肢
相続放棄には期限があります。「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」から3か月以内という熟慮期間が民法915条で定められており、この期間内に家庭裁判所へ申述しなければなりません。起算点は、被相続人が亡くなったことと、自分がその相続人になったことの両方を知った時点です。
3か月以内に財産調査が終わらない場合は、期間が満了する前に家庭裁判所へ「期間伸長の申立て」をすることができます。申述先は被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所で、費用は申述人1人につき収入印紙800円と、連絡用の郵便切手です。必要書類は申述人の続柄によって異なり、兄弟姉妹が申述する場合は被相続人の出生から死亡までの戸籍一式が必要になるなど、範囲が広い相続人ほど書類収集の負担が大きくなります。
なお、財産の全容が分からず「借金の方が多いかもしれないが、プラスの財産が残る可能性もゼロではない」という状況では、限定承認という第三の選択肢もあります。限定承認は、相続で得たプラスの財産の範囲内でのみ被相続人の債務を引き継ぐ仕組みです。ただし、相続放棄とは異なり相続人全員が共同で申述する必要があり、1人でも反対すれば選べないという実務上のハードルがあります。
熟慮期間の3か月は、実家が遠方にある場合や、相続人が複数の都道府県に分かれて暮らしている場合には、想像以上に短く感じられます。預金通帳や登記簿謄本の確認、金融機関への残高照会など、財産調査には一定の時間がかかるため、期限が迫っていると分かった時点で早めに家庭裁判所へ相談し、期間伸長の申立てを検討することが実務上の対応になります。
期限と手続きを踏まえたうえで、次は実家という不動産特有のデメリットを見ていきます。
空き家がある実家を放棄しても、管理から即解放されるとは限らない
「相続放棄をすれば、空き家になった実家の管理責任からすぐに解放される」というのは、よくある誤解です。令和5年(2023年)4月1日に施行された改正民法940条により、相続放棄をした人が負う財産管理の義務は「管理義務」から「保存義務」へと整理されました。
この改正のポイントは、保存義務を負う対象が「放棄した時点でその財産を現に占有していた人」に限定された点です。つまり、実家を離れて暮らしており、放棄の時点で実家に住んでもいなければ出入りもしていない相続人には、改正後は原則として義務が生じません。一方、実家に同居していた、あるいは頻繁に出入りして管理に関わっていたような場合は、放棄した後も次順位の相続人、または家庭裁判所が選任する相続財産清算人に実家を引き渡すまでの間、保存義務が続きます。
保存義務の内容は「自己の財産におけるのと同一の注意」で保存することとされており、リフォームのような積極的な改修までは求められません。ただし、不審者が侵入できる状態や、屋根の崩落といった明らかな危険を放置してよいわけではない、と整理されています。実家に住んでいた・出入りしていた家族が相続放棄を検討する場合は、「放棄すれば即座に無関係になれる」とは限らない点を踏まえておく必要があります。
たとえば、親と同居していた子が相続放棄をした場合、その子は「現に占有していた人」に該当するため、放棄後も次順位の相続人か相続財産清算人に実家を引き渡すまでは保存義務が続く可能性があります。一方、実家を離れて何年も暮らしており、鍵も持たず出入りもしていなかった子であれば、改正後のルールでは保存義務を負わないと整理されます。誰が「現に占有」していたかは個別の事情で判断が分かれるため、迷う場合は司法書士や弁護士に確認しておくと安心です。
続いて、家族間の情報共有の問題を確認します。
次順位の相続人に伝わらないことによる親族間トラブル
相続放棄には、家族関係を巻き込むデメリットもあります。先順位の相続人(たとえば子)が全員相続放棄をすると、相続権は次の順位(親、親もいなければ兄弟姉妹)へと移ります。ところが、放棄した事実を次順位の相続人に知らせる法的な通知義務は存在しません。
そのため、次順位の相続人が、被相続人の債権者から届いた督促状によって初めて「自分に相続権が移っていた」ことを知るというケースが実務上起こり得ます。この場合、督促状が届いた日から新たに3か月の熟慮期間が起算されるため、次順位の相続人も慌てて相続放棄の要否を判断することになります。放棄する側があらかじめ次順位の相続人へ連絡しておくことが、こうしたトラブルを避ける実務的な対策として挙げられています。
家族関係の問題に加えて、税務面での見落としも確認しておきましょう。
相続税の基礎控除は変わらないが、生命保険金の非課税枠は使えなくなる
相続放棄が相続税にどう影響するかも、誤解されやすいポイントです。相続税の基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」という式で計算されますが、相続税法15条2項・3項により、この「法定相続人の数」は相続放棄が「なかったものとした場合」の人数で数えます。つまり、誰かが相続放棄をしても、家族全体の基礎控除額そのものは減りません。
一方で、死亡保険金には「500万円×法定相続人の数」という非課税限度額がありますが、この非課税規定が適用されるのは相続人が保険金を受け取った場合です。相続放棄をした人が受取人として死亡保険金を受け取る場合、その人自身はこの非課税枠を使うことができません。限度額を計算する際の「法定相続人の数」には放棄がなかったものとして含まれるものの、放棄した本人の非課税枠は失われる、という点にねじれがあります。相続放棄と生命保険を組み合わせて対策を考えている場合は、この違いを税理士に確認しておくと安心です。
ここまでのデメリットを踏まえ、最後に売却との比較を整理します。
放棄か売却か、判断の分かれ目とまとめ
相続放棄と、相続してから実家を売却するという選択肢のどちらが向いているかは、家庭ごとの財産状況によって変わります。一般的な整理として、被相続人の債務が明らかにプラスの財産を上回っている場合は相続放棄が選ばれやすく、逆にプラスの財産が残る見込みがあり実家を資産として現金化できる場合は、相続してから売却する方向が検討されやすいとされています。負債の総額がはっきりしない場合は、限定承認という中間の選択肢も比較対象になります。
実家そのものに市場価値が見込める場合は、相続放棄によってその価値を手放すよりも、いったん相続したうえで売却し、譲渡所得にかかる税制上の特例を確認する方が手取りを増やせるケースもあります。相続した実家の売却時期と税金の関係については、別記事「相続した実家を売るベストタイミングは?」で詳しく整理していますので、あわせて確認してください。
ここまで見てきたように、相続放棄には「一度決めたら撤回できない」「空き家の保存義務が完全にはなくならない場合がある」「次順位の相続人とのトラブルが起きやすい」「生命保険の非課税枠を失う」という、見落とされがちなデメリットがあります。実家をどうするか判断に迷う場合は、相続放棄の可否や熟慮期間の伸長申立てについては司法書士または弁護士に、相続税への影響については税理士に相談し、それぞれの専門家の視点から検討することをおすすめします。
参考文献
裁判所「相続の放棄の申述」 / 法務省・法制審議会民法・不動産登記法部会資料29「財産管理制度の見直し(相続の放棄をした者の義務)」 / 国税庁タックスアンサー「No.4102 相続税がかかる場合」 / 国税庁タックスアンサー「No.4114 相続税の課税対象になる死亡保険金」 / 国税庁法令解釈通達「第15条《遺産に係る基礎控除》関係」
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