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仕舞手帖 · 公開: 2026.10.16 · 8分で読めます

親が認知症になると実家は売れない? 成年後見と家族信託、発症前後でできる備え

親が認知症になると実家の売却がなぜ難しくなるのか、発症後に使える成年後見制度の限界と、発症前にしか結べない家族信託・任意後見契約の違いを、法務省・裁判所・公証人連合会などの公的情報にもとづいて整理します(2026年時点)。

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「親が認知症になったら実家は売れなくなる」という話を聞いて、不安になったことはないでしょうか。結論から言うと、売買契約を結ぶには本人に契約内容を理解する判断能力が必要なため、認知症が進むと今までどおりの形では実家を売れなくなります。ただし、発症後に完全に手段がなくなるわけではなく、発症前であれば選べる備え方もあります。

この記事では、認知症と不動産売却の関係、発症後に使える成年後見制度とその制約、発症前にしか結べない任意後見契約・家族信託の違いと費用の目安を、法務省・裁判所・日本公証人連合会・日本司法書士会連合会の公的情報にもとづいて整理します。

認知症になると実家の売買契約が組めなくなる理由

不動産の売買契約は、売主が契約の内容と結果を理解したうえで意思表示をする「契約行為」です。認知症が進んで判断能力が十分でないと認められる状態になると、本人が単独で結んだ契約は後から無効と判断されるおそれがあります。実家の名義が親のままで、親の判断能力が低下してしまうと、家族が代わりに実家を売ろうとしても、親本人の意思表示という前提そのものが崩れてしまいます。

この問題を補うために設けられているのが成年後見制度です。法務省は、成年後見制度を「認知症、知的障害、精神障害などの理由で判断能力の不十分な方々」の財産管理や契約行為を支援し、本人を保護するための制度と説明しています。

成年後見制度には、本人の判断能力が低下した後に家庭裁判所の関与で始まる「法定後見制度」と、判断能力が十分なうちにあらかじめ契約で代理人を決めておく「任意後見制度」の2つがあります。法定後見はさらに本人の判断能力の程度によって「後見」「保佐」「補助」の3類型に分かれ、「後見」は判断能力が欠けているのが通常の状態、「保佐」は判断能力が著しく不十分な状態、「補助」は判断能力が不十分な状態が対象です。いずれの類型でも、日用品の購入など日常生活に関する行為は対象外とされ、本人の自己決定がなるべく尊重される仕組みになっています。

つまり「認知症になったら実家は一切売れない」わけではなく、法定後見という形で成年後見人を選び、その後見人を通じて手続きを進める道が残されています。ただし、この先に別の壁があります。

発症後に使える成年後見制度でも、居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が別途必要

裁判所の公式ページによると、成年被後見人(被保佐人・被補助人を含む)の居住用不動産を処分するには、成年後見人を選んだあとでさらに家庭裁判所の許可が必要です。許可を得ずに行った処分は無効になります。ここでいう「居住用不動産」は、本人が現に居住していなくても、入院や施設入所の前に住んでいた家も含まれるとされています。

許可の対象となる処分行為は、売却だけではありません。抵当権の設定、賃貸借契約の締結・解除、建物の取り壊しも含まれます。実家を売る場合だけでなく、空き家のまま賃貸に出す、建て替えのために取り壊すといった選択をする場合にも、同じように家庭裁判所の許可が必要になります。

申立ての際に必要になる主な書類は、申立書のほか、処分の必要性を証明する資料(不動産売買契約書案・固定資産評価証明書・不動産業者作成の査定書等)、処分する不動産の登記事項証明書等です。申立手数料は収入印紙800円分で、これとは別に郵便切手代がかかります。家庭裁判所は、処分の必要性や本人の今後の生活環境の見通しなどを踏まえて許可の可否を判断するため、「後見人を選べばすぐに売れる」という単純な話ではなく、後見人選任の手続きと居住用不動産処分許可の手続きという2段階を経る必要がある点を押さえておく必要があります。

成年後見制度の利用規模と、発症前にしか結べない2つの契約

成年後見制度がどの程度使われているかを見ると、最高裁判所事務総局家庭局の「成年後見関係事件の概況」(令和6年1月~12月分)によれば、令和6年の申立件数は合計41,841件で、前年比約2.2%の増加です。内訳は、後見開始が28,785件、保佐開始が9,156件、補助開始が3,026件、任意後見監督人選任が874件となっています(2026年時点で公表されている最新の年間集計)。

一方で、権利擁護支援全国ネットワークは最高裁判所の統計をもとに、2025年時点の制度利用者数は約26万人にとどまり、判断能力が不十分とみられる人の総数(推計およそ1300万人)の2%程度を満たすにすぎないと指摘しています。申立件数自体は増加傾向にあるものの、制度を実際に利用している人は、潜在的に必要とされる規模に比べるとまだ少数にとどまっているとみられます。

さらに注意したいのは、成年後見人に必ずしも家族が選ばれるわけではないという点です。最高裁判所事務総局家庭局の集計によれば、令和6年に後見開始・保佐開始・補助開始の審判で成年後見人等に選任されたもののうち、親族が選ばれた割合は約17.1%にとどまり、残り約82.9%は親族以外(司法書士11,875件、弁護士8,794件、社会福祉士6,873件など)の専門職が選ばれています。親族の内訳では、子が選ばれるケースが最も多いものの、全体の中では少数派です。成年後見制度を使うと、実家の処分を進める主体が必ずしも家族自身にならない可能性がある、という点は押さえておきたいところです。

ここで重要なのは、法定後見(成年後見)が「発症後」に使える制度であるのに対し、任意後見契約と家族信託はいずれも「契約」であるため、本人の判断能力が十分なうちにしか結べないという違いです。日本公証人連合会によれば、任意後見契約は公正証書で作成しなければ効力が生じず、任意後見のように公証人が委任者本人の判断能力・契約意思を確認する必要がある契約については、原則として代理人による作成が認められていません。本人が認知症で判断能力が低下したあとに任意後見契約を結ぼうとしても、公証人がその場で契約意思を確認できなければ、そもそも契約が成立しない可能性があります。

同様に、日本司法書士会連合会の「民事信託支援業務の執務ガイドライン」(令和6年11月)が整理する家族信託(民事信託)も、委託者である親が契約内容を理解し契約できる判断能力があるうちに結ぶ必要がある点は任意後見契約と同じです。つまり、任意後見契約・家族信託のどちらを選ぶにしても、親が元気なうちに動き始める必要があるという前提は変わりません。

任意後見契約と家族信託の違い、費用の目安(2026年時点)

任意後見契約と家族信託は、どちらも「発症前に備える」契約ですが、仕組みと発症後にできることが異なります。

任意後見契約は、あらかじめ代理人(任意後見人)を決めておき、本人の判断能力が実際に低下した段階で家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで契約の効力が生じる仕組みです。費用は、任意後見契約公正証書の基本手数料が1契約につき13,000円、登記嘱託手数料が1,600円、法務局への登記嘱託に必要な収入印紙代が2,600円で、最低でも合計17,200円程度です(2026年時点)。証書の出力枚数が法務省令で定める枚数を超えた場合の加算や、公証人が病院等へ出張して作成する場合の日当・旅費が別途かかることもあります。

一方、家族信託(民事信託)は、親が元気なうちに不動産の管理・処分権限を家族(受託者)に託しておく仕組みです。日本司法書士会連合会の整理によれば、家族信託の受託者は司法書士等の専門職に限らず、委託者の親族などの個人・法人もなることができます。契約で定めた権限と条件の範囲内であれば、発症後に家庭裁判所の許可を得ることなく、受託者自身の判断で不動産を売却できる点が、成年後見制度との大きな違いです。

費用の面では、司法書士法人みらいあ(2026年9月12日更新の記事)によると、専門家に家族信託の設計・契約書作成を依頼した場合の初期費用の目安は、信託財産が自宅と金銭の場合でおよそ40万~70万円程度とされています。報酬体系には定額制と変動制があり、定額制であれば財産規模が大きくても一定額(自宅と金銭でおよそ30万~40万円程度)に収まるケースがある一方、信託財産評価額に対する一定率(0.8~1.0%、最低報酬30万円程度)で計算する変動制の場合は、財産規模が大きいと90万~150万円に達することもあるとされています。任意後見契約と比べると、家族信託は初期費用が高くなりやすい一方、発症後の家庭裁判所の許可手続きを経ずに実家を売却できる実務上のメリットがあります。どちらが向いているかは、実家以外の財産構成や、誰に管理を任せたいかによって変わるため、司法書士や公証役場に相談しながら検討することをおすすめします。

まとめ:契約は「判断能力があるうち」にしか結べない

ここまで見てきたように、親が認知症になると実家の売買契約を本人単独で結ぶことは難しくなりますが、発症後でも法定後見(成年後見人選任と居住用不動産処分許可の申立て)という選択肢自体は残っています。ただし、後見人選任と居住用不動産処分許可という2段階の手続きが必要で、家庭裁判所の審査には一定の時間がかかります。

これに対し、任意後見契約や家族信託は、発症後に家庭裁判所の許可を経ずに不動産を動かせる余地を残せる一方、どちらも「契約」であるため、本人の判断能力が十分なうちにしか結べません。親がまだ元気で、実家の将来について話し合える状態であれば、今のうちに司法書士や公証役場に相談し、どの制度が家庭の状況に合うかを確認しておくことが、将来の選択肢を狭めないための備えになります。どの制度を選ぶべきかは、実家以外の財産の有無や家族構成によって変わるため、個別の事情にもとづいた相談を専門家にすることをおすすめします。

参考文献

法務省「成年後見制度・成年後見登記制度」 / 法務省「Q3~Q15『法定後見制度について』」 / 裁判所「成年被後見人(被保佐人、被補助人)の居住用不動産の処分についての許可」 / 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況-令和6年1月~12月-」 / 権利擁護支援全国ネットワーク「成年後見制度の現状と課題」 / 日本公証人連合会「4 任意後見契約」「12 手数料」 / 日本司法書士会連合会「民事信託支援業務の執務ガイドライン」 / 司法書士法人みらいあ「家族信託の費用相場」

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カヅキ

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桑都手帖 編集者

ものづくりや意匠設計を学んだ経験をもとに、八王子の風土・歴史・伝統工芸を現代につなぐ記事を書いています。暮らしの手続きについても、調べたことをそのまま書き留めています。